| 事件番号 | 令和4年(あ)第1460号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第三小法廷 |
| 判決日 | 2024-07-16 |
| 通称 | コインチェックNEM流出事件 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 他人から不正に入手した秘密鍵で署名して暗号資産NEMを送金した行為が、電子計算機使用詐欺罪にいう「虚偽の情報」をコンピュータに与えたことになるのかが争われた
- 最高裁第三小法廷は2024年7月16日、これを「虚偽の情報」と認め、流出したNEMの一部を受け取った被告人に犯罪収益等収受罪が成立するとした原審の判断を是認して、上告を棄却した
- 正しい秘密鍵で署名されているのだから情報に嘘はない、という技術面からの反論に対し、そもそも署名は何のために求められているのかという観点から判断が組み立てられている
何があったのか
報道によれば、この事件の背景にあるのは、2018年1月に暗号資産交換業者のコインチェックから約580億円相当のNEMが流出した事件です。裁判所が公開している判決文では、流出元の会社は「A株式会社」、送金した人物は「氏名不詳者」と記号で書かれています。
判決が前提とした事実はこうです。氏名不詳者が、不正に入手したA社のNEMの秘密鍵を使い、A社が管理するNEMアドレスから、氏名不詳者らが管理するNEMアドレスへNEMを移転させた。被告人が受け取ったNEMは、そうして移転させられたNEMの一部だった、というものです。
注意したいのは、被告人自身が鍵を盗んだわけでも、送金したわけでもないという点です。問われた罪も詐欺ではなく、組織的犯罪処罰法の犯罪収益等収受罪、つまり犯罪で得られた財産だと知りながらそれを受け取った罪でした。
判決は、NEMの取引の仕組みも丁寧に認定しています。取引日時、取引数量、送受信アドレスといった取引に必要な情報(トランザクション情報)を、送信元のアドレスに紐づけられた秘密鍵で署名してネットワークに送信すると、ネットワークを構成するNISノードと呼ばれるサーバのいずれか一つが、送信元アドレスに紐づけられた公開鍵を使って、その署名が秘密鍵によるものかを検証する。情報の整合性が機械的に確認されるとトランザクションが承認され、他の承認済みの取引とまとめてブロックになり、順次積み重なってブロックチェーンに組み込まれていく。その情報をネットワーク全体が共有することで書換えが事実上難しくなり、取引が確定する、という流れです。
何が争われたのか
争点は二段構えになっていました。
被告人に犯罪収益等収受罪が成立するには、受け取ったNEMが組織的犯罪処罰法2条2項1号にいう「犯罪行為により得た財産」でなければなりません。そしてその犯罪行為として想定されていたのが、氏名不詳者による送金、すなわち電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)です。この罪は、人の事務処理に使うコンピュータに「虚偽の情報」や「不正な指令」を与えて、財産権の得喪や変更に関わる内容の違う電磁的記録を作るなどして、不法の利益を得る行為を処罰するものです。
弁護側はここを突きました。NEMのシステムは、署名した人が正規の鍵の持ち主なのかどうかを判別する仕組みを持っていない。ノードがしているのは、送られてきた署名が、そのアドレスに対応する秘密鍵によるものかを公開鍵で機械的に確かめることだけである。だとすれば、たとえ不正に入手した鍵であっても、署名そのものは本物であって、システムに与えられた情報に嘘は含まれていない。したがって「虚偽の情報」を与えたことにはならず、電子計算機使用詐欺罪は成立しない。そうなると受け取ったNEMは「犯罪行為により得た財産」に当たらず、被告人の犯罪収益等収受罪も成立しない、という主張です。
送金した人物の罪が崩れれば、受け取った側の罪も土台から崩れる。理屈としては筋の通った組み立てでした。
裁判所はどう判断したか
最高裁第三小法廷は、上告趣意は刑訴法405条の上告理由に当たらないとしたうえで、この点について職権で判断を示しました。
出発点に置かれたのは、署名が何のために求められているのかという問いです。NEMのネットワークに参加している者は、自分が管理するアドレスに紐づけられた秘密鍵で署名しなければ、トランザクションが承認されることもブロックチェーンに組み込まれることもなく、そもそも取引ができない。だから秘密鍵で署名して情報を送信することは、「正規に秘密鍵を保有する者によるNEMの取引であることの確認のために求められるものといえる」と述べました。
署名は、単なる形式的な手続ではなく、本人による取引であることを確かめるために置かれている。そう位置づけたうえで最高裁は、不正に入手した鍵で署名して送金の情報を送った行為は、正規に鍵を保有するA社が取引をするものであるという「虚偽の情報」をNISノードに与えたものだと結論づけました。
その結果、氏名不詳者の送金は電子計算機使用詐欺罪に当たり、移転されたNEMは「犯罪行為により得た財産」に当たることになります。そのため、その一部を受け取った被告人に犯罪収益等収受罪の成立を認めた第1審判決を是認した原審(東京高裁・令和4年10月25日)の判断は正当である、として上告は棄却されました。裁判官全員一致の結論です。
この判決の意味
この判決には、今崎幸彦裁判官の補足意見(林道晴裁判官が同調)が付いていて、弁護側の技術的な反論への答えがより踏み込んで書かれています。
補足意見は、NEMのシステムが署名者が正規の鍵の持ち主かどうかを判別する仕組みを持たないこと自体は、はっきり認めています。そのうえで、「虚偽の情報」に当たるかどうかは、NEMの利用実態や、暗号資産が社会経済において果たしている役割や重要性といった観点からの考察抜きに判断することはできず、「システム単体としての仕組みや働き等からロジカルに演繹されるものではない」と述べました。
その理由として挙げられているのが、信頼の所在です。NEMが多くの参加者を得て取引の対象になっているのは、その取引の安全に対する社会の信頼があるからで、その信頼は、正規の鍵の持ち主が鍵の管理を通じて暗号資産を排他的に支配できることによって支えられている。他人が不正な方法で鍵を手に入れて署名すれば、その排他的な支配が害され、システムに対する社会の信頼も損なわれる。だから今回の送信は、「正規の秘密鍵保有者であるという意味での主体を偽ったトランザクション情報」をノードに与えた行為と評価できる、という筋道です。
補足意見は、資金決済法が暗号資産を電子情報処理組織を用いて移転できる財産的価値として定義していることや、正規の鍵の持ち主が不当利得や不法行為を理由に民事上の請求を行えること自体には大方の異論がないだろうことにも触れています。技術的な仕組みだけを取り出して考えるのではなく、その仕組みが社会でどう使われ、何を守っているのかを踏まえて条文を当てはめる、という考え方が示されたものと読めます。
なお、この判決は、令和4年法律第97号による改正前の組織的犯罪処罰法11条に基づく判断です。同条はこの改正で法定刑が引き上げられています。刑法246条の2についても、その後の改正で刑の種類が改められています。いずれも、どのような行為が罪に当たるかという部分を書き換えるものではありませんが、記事として扱っているのは判決当時の条文に基づく判断です。
その後・実務への影響
この事件でも、鍵を不正に入手して送金した人物は氏名不詳者のままです。そうしたとき、流出した暗号資産を受け取った側の責任を問えるかどうかは、元の送金行為がどの罪に当たるのかという評価にかかってきます。今回の判決は、その入口にあたる「虚偽の情報」の解釈について、最高裁の判断が示された事例として位置づけられます。
補足意見は、本件より後のこととして、金融商品取引法が令和元年法律第28号による改正で暗号資産の不公正取引を規制し、ネットワークに参加している者の権利をより直接的に保護するようになったことにも言及しています。技術の側が想定していなかった行為を、既にある条文でどう受け止めるか。暗号資産に限らず、新しい仕組みが普及するたびに繰り返される問題であり、今回の判断の組み立て方は、その場面での考え方の一例として参照されていくと考えられます。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。