| 事件番号 | 令和4年(行ツ)第275号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第二小法廷 |
| 判決日 | 2023-12-15 |
| 通称 | 年金引き下げ違憲訴訟 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 平成24年の法改正で、本来より高く支払われていた年金の「特例水準」が3年度かけて解消され、受給者の年金額が引き下げられました。これが生存権(憲法25条)や財産権(憲法29条)の侵害にあたるかが争われました。
- 最高裁は、特例水準はもともと解消が予定されていたもので、解消は世代間の公平や年金制度の持続可能性の確保という観点から不合理とはいえないとして、憲法違反ではないと判断しました。
- 年金額をどう定めるかについて国会の広い裁量を認める、従来の最高裁の考え方を年金の引き下げにもあてはめた判断です。
何があったのか
老齢基礎年金や老齢厚生年金の額は、昭和48年から、物価の変動に合わせて改定される仕組み(物価スライド制)になっていました。物価が下がれば、本来は年金額も下がります。
ところが、平成12年度から平成14年度にかけて、物価が下落したにもかかわらず、特例の法律によって年金額は平成11年度の水準に据え置かれました。こうして、物価に連動させた場合の本来の水準(本来水準)よりも高い、実際に支給される水準が生まれました。これが「特例水準」です。平成14年度の時点で、両者の差はおおむね1.7%でした。
平成16年の年金制度改正では、物価スライド制に代わって物価や賃金を基準とした改定の仕組みが設けられ、あわせて、現役世代の人数の減少や平均余命の伸びを反映して給付を調整する「マクロ経済スライド」が導入されました。特例水準については、すぐには解消せず、その後の物価や賃金の上昇によって本来水準が追いつくのを待つこととされました。マクロ経済スライドは、特例水準が解消された時点で適用されることになっていました。
しかし、その後も物価が下がるなどしたため特例水準は解消されず、平成23年度には特例水準が本来水準をおおむね2.5%上回る状態になっていました。そこで平成24年に法律が改正され、物価や賃金が上がらなくても、平成27年度の開始時点までに3年度かけて段階的に特例水準を解消することになりました。
この改正に基づいて年金額を引き下げる処分を受けた受給者らが、処分の取消しなどを求めて国を訴えました。報道によれば、この年金引き下げをめぐっては全国の受給者が各地の地方裁判所に一斉に提訴しており、本件はそのうち大阪高等裁判所で受給者側が敗訴した事件です。
何が争われたのか
受給者側は、特例水準を解消する平成24年改正法の規定が、次の2つの憲法の条文に違反すると主張しました。
- 憲法25条(生存権):すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障する条文
- 憲法29条(財産権):いったん受け取ることが決まっていた年金を法律で減らすことは、財産権の侵害にあたるという主張
あわせて、条約の遵守を定める憲法98条2項に違反するとも主張していました。
裁判所はどう判断したか
最高裁第二小法廷は、裁判官全員一致で受給者側の上告を棄却しました。
判断の柱は次のとおりです。
まず、特例水準が生まれた経緯に照らすと、特例水準は「当初から、将来的に解消されることが予定されていたもの」だと位置づけました。
次に、日本の年金制度は、いま年金を受け取っている人への給付を主に現役世代の保険料でまかなう「賦課方式」を基本としています。最高裁は、特例水準の給付を続けると、現役世代に本来を超える負担を強いることになり、現役世代が将来年金を受け取るときの財源も圧迫すると指摘しました。そして、改正法が作られた当時、少子高齢化の進行で現役世代の負担能力はさらに減り、支給すべき年金の総額はさらに増えると合理的に予測されていた、としています。
さらに、特例水準の解消が、世代間の公平に配慮しながら年金制度を存続させるための仕組みであるマクロ経済スライドの適用の実現につながることも踏まえ、特例水準を一律に解消することは、世代間の公平、年金制度への信頼の低下の防止、財政的基盤の悪化の防止という観点から不合理なものとはいえない、と述べました。
そのうえで、国会がこうした措置をとったことは、著しく合理性を欠き、裁量権を逸脱・濫用したものとはいえず、「年金受給権に対する不合理な制約であるともいえない」として、憲法25条・29条に違反しないと結論づけました。憲法98条2項違反の主張については、実質は法令違反の主張にすぎず、最高裁に上告できる理由にあたらないとしています。
2人の裁判官の補足意見
この判決には2人の裁判官の補足意見が付いています。
三浦守裁判官は、年金額が減ることで、ほかに収入や資産の少ない人の生活の安定を図るのが難しくなることは否定できないと指摘しました。そのうえで、生活保護を含む社会保障制度全体の中で考慮すべき事情だとし、現に困難を抱える人が必要な給付や支援を円滑に受けられるよう、適切な施策の充実が求められると述べています。
尾島明裁判官は、受給者側が主張した、いったん実現した社会保障の水準を引き下げるには厳格な審査が必要だという考え方(制度後退禁止原則)や、立法の過程で必要な事実が検討されたかを審査すべきだという考え方について、いずれも憲法判断の基準として成熟したものとはいい難いとの見解を示しました。
この判決の意味
最高裁は以前から、憲法25条を具体化してどのような社会保障の制度を作るかは国会の広い裁量に委ねられており、著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用といえる場合でなければ裁判所は違憲と判断しない、という考え方をとってきました(判決が引用する昭和57年の大法廷判決など)。この判決は、その考え方を、すでに支給されていた年金額を法律で引き下げる場面にもあてはめたものです。
とくに、特例水準がもともと「一時的に高くなっていた部分」であったこと、そして賦課方式のもとで現役世代との公平を図る必要があることが、合憲の判断を支える大きな理由になっています。一般的に「年金の減額はどんな場合でも許される」と述べたものではなく、特例水準の解消という今回の措置について判断したものである点には注意が必要です。
なお、この判決は、判決当時の制度と、平成24年改正法による特例水準の解消(平成27年度の開始時点までに完了)について判断したものです。年金額の改定ルールはその後も法改正で見直されていますが、この判決はそれらの新しいルールについて判断したものではありません。
その後・実務への影響
報道によれば、この判決により、この事件で受給者側の敗訴が確定しました。受給者側の団体は判決に抗議する声明を出しています。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。