MENU

カルテに書かれていたことは、それだけで事実の証拠になるのか

事件番号令和5年(あ)第237号
裁判所最高裁判所第三小法廷
判決日2025-12-10
出典裁判所ウェブサイトの判決文

3行でわかる判決

  • 病院のカルテに書かれていた「けがをしたときの状況」を、被害者本人がそう話していた証拠として使えるかが争われました
  • 最高裁は、その記載が誰から聞いた話なのかたどれない以上、事実認定には使えないと判断しました
  • カルテという書面を法廷に出せることと、そこに書かれた話の中身を事実として認定できることは、別のことだと示された判断です
目次

何があったのか

検察官が起訴した内容によれば、2015年8月15日の夜9時頃、茨城県鹿嶋市の民家の敷地内にあったウッドデッキの上で、椅子に座っていた男性が腕と足を引っ張られ、階段下に置かれていた簡易プールに転落しました。男性は147日間の入院加療を要し、上肢の不全麻痺という後遺症を伴う頸髄損傷や頸椎脱臼骨折を負ったとされています。

その日、男性は勤務先の上司の自宅で開かれたバーベキューパーティーに参加していました。起訴されたのは、その勤務先の関係者ではない、同じパーティーの参加者でした。

男性は救急搬送され、翌日には別の病院へ移されます。この2つ目の病院で作られた「看護データベース」という書面の「入院までの経過」欄に、看護師が書いた一節がありました。そこには、男性が「会社の人」に手足をつかまれてプールに投げ込まれた、という趣旨の記載があったのです。

起訴された人物は会社の関係者ではありません。つまりこの記載は、起訴内容とは食い違う状況を指していました。

何が争われたのか

第一審の裁判所は、この記載などを手がかりに、男性がけがをした直後には、起訴された内容とは違う状況を医療関係者に申告していた可能性がある、と認定しました。そのうえで、法廷で起訴内容どおりの被害状況を述べた男性の証言は信用できないとして、無罪を言い渡しました。

問題は、この記載の証拠としての扱いです。カルテのような、仕事の中で日常的に作られる書面は、刑事訴訟法323条2号によって法廷に証拠として出すことが認められています。書いた人をいちいち証人として呼ばなくても、書面そのものを証拠にできる仕組みです。

しかし、そこに「誰かがこう言っていた」という内容が書かれている場合は話が変わります。書面を証拠にできることと、そこに書かれた発言が本当にあったと認定できることは、同じではありません。人づての話をそのまま事実の証拠にしてはいけない——これが刑事裁判の伝聞法則と呼ばれる考え方です。

検察官が控訴し、東京高等裁判所は、第一審のこの認定は伝聞法則に反して違法だとして無罪判決を破棄し、審理を水戸地方裁判所に差し戻しました。これを不服として、弁護側が上告しました。

裁判所はどう判断したか

最高裁第三小法廷は、上告を棄却しました。高裁の判断は是認できる、というのが結論です。

決め手になったのは、この記載の出どころがたどれないことでした。最高裁は、「記載者である看護師がいかなる情報に基づいて本件記載をしたのかは明らかでなく」、情報の発信者も特定されていないと指摘します。

実際、この記載をした看護師は法廷で、この部分は「被害者の発言を直接聴取して記載したものではなく」、男性の搬送に携わった救急救命士から短時間のうちに聞き取った内容を書いたにすぎない、と述べていました。では、その救急救命士は誰から何を聞いたのか。それは証拠上、明らかになっていませんでした。

こうした出所のはっきりしない記載があるという事実は、けがをした直後に男性がどう申告していたかを認定するうえで、意味のある証明力を持つとは言えない。最高裁はそう述べ、これを申告内容の認定に用いた第一審の判断を、「要証事実との関連性を見誤り、あるいは、伝聞証拠に関する刑訴法の規定を潜脱する違法なもの」だとしました。

「あるいは」でつながれている点に、この判断の特徴があります。そもそも証明したい事実との結びつきを見誤ったという筋道と、伝聞証拠のルールを回り道して潜り抜けたという筋道の、どちらの説明でも違法だと言える、という言い方になっています。

この判決の意味

カルテや業務記録が法廷に出てくること自体は、珍しくありません。この判断が示したのは、そこに書かれた内容を事実として使えるかどうかは、書面の種類ではなく、その記載がどこから来たのかで決まるという点です。

同じ「カルテの記載」でも、看護師が患者本人から直接聞いて書いたのであれば、話は違ったかもしれません。今回は、看護師 — 救急救命士 — その先、と少なくとも二段階以上を経ており、しかも最初の発信者が誰なのか分からない状態でした。書面としては適法に証拠採用されていても、その中身を「本人がそう言っていた」証拠として扱うことはできない、という切り分けです。

医療や介護、事故対応の現場では、聞き取った内容を記録に残す場面が数多くあります。その記録が後に法的な争いの場に出たとき、誰から聞いた話なのかが書かれているかどうかで、証拠としての意味が大きく変わりうる。この判断は、そのことを裏づける材料になりそうです。

その後・実務への影響

注意しておきたいのは、これで事件が決着したわけではないことです。最高裁が是認したのは、無罪判決を破棄して審理をやり直させるという高裁の判断であって、起訴された人物が有罪だと決まったわけではありません。審理は水戸地方裁判所でやり直されます。

最高裁は、そのやり直しの審理についても一言添えています。関係者の証人尋問は相応に尽くされていることなどを踏まえると、まずは現在ある証拠から、起訴された暴行があったと認定できるかどうかを検討することが求められる、という趣旨です。暴行の具体的な態様や傷害結果との因果関係をさらに審理判断する必要がある、と説示した高裁に対して、検討の順序を整理したかたちになります。

事件が起きたとされるのは2015年、この決定が出たのは2025年12月。証拠の扱いをめぐる一点が、10年にわたる審理の行方を左右した事案でした。

本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次