MENU

東電旧経営陣はなぜ無罪だったのか 最高裁が示した予見可能性の考え方

事件番号令和5年(あ)第246号
裁判所最高裁判所第二小法廷
判決日2025-03-05
通称東電旧経営陣強制起訴事件
出典裁判所ウェブサイトの判決文

3行でわかる判決

  • 福島第一原子力発電所の事故をめぐり、東京電力の当時の経営陣が業務上過失致死傷罪で強制起訴された事件です。
  • 最高裁は、事故前の時点で、敷地を超える高さの津波が襲来する現実的な可能性を認識できたとまでは認められないとして、無罪とした一審・二審の判断を維持しました。
  • 一方で、裁判官1人が補足意見として、起訴された内容とは別の切り口であれば責任を論じる余地もあり得たのではないか、という考えを書き添えています。
目次

何があったのか

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(モーメントマグニチュード9.0)に伴う津波が、福島第一原子力発電所を襲いました。津波は防波堤を越え、敷地の全域が浸水します。1号機から3号機までは電源を失い、原子炉停止後も発熱が続く炉心を冷やす機能を失いました。燃料が露出して大量の水素ガスが発生し、原子炉建屋が爆発して放射性物質が大気に放出されます。

この事故について、東京電力で発電所の運転・安全保全業務に従事していた当時の会長・副社長ら3人が、検察官役の指定弁護士によって業務上過失致死傷罪で起訴されました。起訴状では、爆発によって3名と10名がそれぞれ負傷したこと、長時間の搬送や待機を伴う避難を余儀なくされた43名が死亡したこと、避難で治療と看護が受けられなくなった入院患者1名が死亡したことが、過失の結果として挙げられました。

なお、3人のうち1人は最高裁の審理中に亡くなり、裁判が打ち切られています(報道による)。今回の決定は、残る2人についての判断です。

何が争われたのか

争点は、事故前の時点で経営陣に「予見可能性」があったといえるか、でした。

ここで一つ、結論を左右する前提があります。指定弁護士は、防潮堤の設置などの工事を終えれば事故を回避できたとは主張せず、それらが完成するまでの間は発電所の運転を止めるべきだった、と主張していました。過失の判断では、回避すべき措置の内容と、それに見合う予見可能性とがセットで論じられます。そのため、審理の核心は、発電所の運転停止を義務づけるにふさわしいほどの予見可能性があったか、という点に絞られました。

予見可能性の根拠として指定弁護士が挙げたのが、2008年(平成20年)に関連会社が東京電力へ報告した津波の試算結果です。そこでは、敷地の南側で最大O.P.+15.707mという津波高が算出されていました。この試算は、国の地震調査研究推進本部が2002年(平成14年)に公表した長期評価の見解をもとに波源を設定し、土木学会がまとめた「原子力発電所の津波評価技術」の手法で計算したものでした。

裁判所はどう判断したか

二審は、長期評価について、多数の専門家委員の審議を経てまとめられたものであり「見過ごすことのできない重みを有していた」と評価しました。そのうえで、次のような事情を挙げています。

  • 明治三陸地震と同種の地震が起こりうる領域として、三陸沖北部から房総沖までの海溝寄りを一まとめに設定した部分は、発生の可能性を否定できない領域を一体として扱うという消極的な判断と受け止められる内容だったこと
  • 地震調査研究推進本部自身が2003年(平成15年)に、この領域の地震について評価の信頼度をやや低いものと位置づけていたこと
  • 関係機関によって長期評価の見解が防災対策に取り込まれてはいなかったとみられること

さらに、計算に用いた津波評価技術のほうは、福島県沖と茨城県沖の日本海溝沿いには波源設定のための領域を置いておらず、長期評価とは全く異なる考え方に立っていました。二審は、この二つを組み合わせて出した水位をもって、敷地を超える津波が来る現実的な可能性を認識させる根拠とすることはできない、としています。

加えて二審は、原子力事業者にとって運転そのものを止めることは事故防止策として重い選択であり、それに応じた予見可能性・予見義務も相応に高いものが要求される、とも述べました。

最高裁は、上告理由には当たらないとしつつ職権で検討し、長期評価をめぐる二審の判断について、「現実的な可能性を認識させるような性質を備えた情報であったとまでは認められず」とした点が合理性を欠くとは考えにくい、としました。結論として、無罪とした一審を維持した二審の判断は、法的な評価も含めて相当であるとして、上告を棄却しています。

この判決の意味

一つは、過失の予見可能性を、抽象的な「危険を感じ取れたか」ではなく、求められる具体的な回避措置との関係で測る、という考え方が最高裁の場で是認されたことです。運転停止という重い措置を義務づけるなら、それに見合うだけの予見可能性が要る、という筋道になります。

もう一つは、刑事裁判の証明のハードルです。刑事責任を認めるには、合理的な疑いを超える証明が必要とされます。事故の結果がどれほど深刻であっても、その一点で刑事責任の成否が決まるわけではない、という判断の構造がここに表れています。民事上の賠償責任や行政上の責任は、これとは別の枠組みで判断されます。

その後・実務への影響

この決定には、草野耕一裁判官の補足意見が付いています。結論には賛同したうえで、別の見方を書き残したものです。

補足意見は、事故当時の電気事業法のもとでは、国が技術基準に適合させるための命令を出せる仕組みがあった点に注目します。そのため、東京電力が経営陣の判断で対策に着手しなくても、「適切なメカニズムの下で自律的に防護措置の実施が開始される仕組みが法制度の中に組み込まれていた」というべきだ、としています。この見方に立てば、経営陣に課せられていた差し迫った責務は、安全にとって重要な情報を速やかに国へ報告することだったのではないか、というのが補足意見の問いかけです。実際に2008年の試算が国へ報告されたのは津波襲来の4日前だった、とも指摘されています。

ただし補足意見自身が、この報告義務の不履行は起訴された訴因に含まれておらず、一審・二審がそれを審理の対象としなかったことは違法ではない、と結んでいます。あくまで一人の裁判官の見解であり、裁判所の結論そのものではありません。

なお、旧経営陣の責任をめぐっては、株主が起こした別の民事裁判もあります。そちらでは2025年6月6日に東京高裁が、旧経営陣に賠償を命じた一審判決を取り消し、株主側の請求を棄却しました(報道による)。刑事と民事では判断の枠組みが異なるため、結論の理由づけも同じではありません。

本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次