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起訴状より多い横領額を認定するのに訴因変更は必要か

事件番号令和6年(あ)第1506号
裁判所最高裁判所第三小法廷
判決日2025-10-20
出典裁判所ウェブサイトの判決文

3行でわかる判決

  • 弁護士会の経理担当職員が長期にわたり現金を着服したとされた事件で、第1審が起訴状と食い違う金額を認定したまま裁判を進めた手続の当否が争われた
  • 最高裁は、合計額が起訴状を下回っている以上、一部の月で起訴状より多い額を認定しても、訴因変更の手続をとらなかったことは違法とはいえないと判断した
  • 全体がひとつの罪として扱われる長期の横領について、月ごとの金額の食い違いをどこまで許容できるかの線引きが示された
目次

何があったのか

被告人は、ある弁護士会の経理担当職員として、弁護士照会手数料や負担金会費などを管理し、会名義の銀行口座への入出金業務に従事していました。

検察官が起訴状に書いた事実の要旨は、平成30年1月から令和3年5月までの間に受領した現金合計約8544万3156円を会のために預かり保管していた被告人が、平成30年2月頃から令和3年6月頃までの間、35回にわたり、現金合計約5066万7838円を着服して横領した、というものです。この起訴状には、月ごとの受領現金額と横領金額が明示されていました。

立証の仕方に特徴がありました。検察官は、いつ・いくらを抜き取ったという個別の行為を特定せず、月ごと・項目ごとの受領現金額から、所定の時期までに会の口座へ入金された金額を差し引いて算出される「使途不明金」が、その時期に横領されたものだと主張・立証したのです。弁護人はこれを争いました。

第1審判決は、受領現金額を合計約6095万3765円、横領金額を合計約3468万3408円と認定しました。いずれも起訴状の数字を下回っています。月ごと・項目ごとの受領現金額をすべて起訴状以下と見たうえ、検察官の主張より広い範囲の口座入金を差し引いたためでした。

ただし、口座に受領現金額を超える入金があった月の扱いなど、計算処理の方法が検察官と異なったことから、横領が成立した時期を起訴状より遅く認定した部分が生じました。その結果、一部の月については、起訴状に書かれた金額を上回る横領額が認定されることになりました。第1審は、訴因変更の手続をとらないまま、この認定をしています。

何が争われたのか

刑事裁判で、裁判所が審理し判断できる範囲は、検察官が起訴状に書いた事実(訴因)の枠内に限られます。その枠を出る事実を認定するには、検察官の請求により訴因を変更する手続が必要です(刑事訴訟法312条1項)。

この仕組みは、被告人の防御のためにあります。被告人は起訴状に書かれた事実を前提に、どこを争うかを決めて弁護活動を組み立てます。審理の結果、まったく違う事実で有罪とされてしまえば、反論の機会を奪われることになるからです。

本件で問題になったのは、合計額は起訴状を下回っているのに、月単位で見ると起訴状を上回る月がある、という食い違いでした。一部でも上回る認定をするなら訴因変更が必要だったのではないか。それが上告審での争点です。

裁判所はどう判断したか

最高裁第三小法廷は、裁判官全員一致の意見で上告を棄却する決定をしました。弁護人の上告趣意は上告理由に当たらないとしたうえで、訴因変更の要否について職権で判断を示しています。

まず、審理の対象そのものが動いたのかという点です。決定は、この事案の犯行が共通の犯意に基づき、同一の被害者に対し、同一の業務上の占有を利用して継続的に行われたもので、全体がひとつの罪(包括一罪)と解されると整理しました。そのうえで、一部の月で起訴状を上回る金額を認定しても、全体として起訴状を超える認定をしない限り、

審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要であるとはいえない

と述べています。月ごとの金額は、全体の内訳にすぎないという見方です。

次に、被告人の防御という点です。決定は、この種の事件で月ごとの横領金額が一般的には被告人の防御にとって重要な事項に当たるとしても、本件で一部の月の金額が起訴状を上回ったのは、横領の成立時期をより遅く認定したことに伴うものにすぎないとして、「その認定が被告人に不意打ちを与えるものとはいえない」としました。

最後に、被告人が不利益を受けたかという点です。合計横領金額について起訴状を下回る金額を認定した第1審判決は、「訴因に比して被告人に不利益な認定をしたものでないことは明らかである」と判断されています。

以上から、第1審が訴因変更の手続を経ずに認定したことに訴訟手続の法令違反はないとした原審(仙台高裁)の判断は正当である、というのが結論です。あわせて、上告審での未決勾留日数のうち230日を本刑に算入する扱いも示されました。

この判決の意味

注目したいのは、決定が2つの観点を分けて検討していることです。ひとつは、審理の対象が起訴状の枠から出ていないかという観点。もうひとつは、被告人が不意打ちを受けたり不利益を被ったりしていないかという観点です。本件は、全体がひとつの罪であることを理由に前者をクリアし、食い違いの原因が時期の認定にあることを理由に後者もクリアした、という組み立てになっています。

長期にわたる経理担当者の横領は、いつ・いくらを抜き取ったという個別の行為を後から特定するのが難しく、本件のように受領額と入金額の差から使途不明金を積み上げる形で立証されることがあります。この方法では、どの入金をどこまで差し引くかという計算の仕方によって、月ごとの数字が動きます。第1審が起訴状と違う数字にたどり着いたのも、そのためでした。

もっとも、この決定が月ごとの金額の食い違いを無条件に許したわけではない点には注意が必要です。決定が挙げているのは、全体として起訴状を超える認定をしていないこと、上回った理由が時期の認定に伴うものにすぎないこと、合計額が起訴状を下回っていることという、具体的な事情です。これらが揃わない場面まで同じ結論になるとは限らない、と読むのが自然でしょう。

なお、この決定が参照法条として挙げているのは、令和4年の改正前の刑法253条(業務上横領罪)です。同条はその後、刑の種類が懲役から拘禁刑に改められています(2025年6月1日施行)。ただし本決定が扱ったのは手続の問題であり、罪が成立するかどうかの中身が変わったわけではありません。

本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。

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