| 事件番号 | 令和6年(許)第5号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第二小法廷 |
| 判決日 | 2024-10-16 |
| 通称 | プレサンス元社長事件 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 無罪が確定した人が国に損害賠償を求めた裁判で、検察官が関係者を取り調べたときの録音録画映像を、国が出さなければならないかが争われた
- 最高裁は、提出を拒んだ国の判断は裁量の範囲を超えていると判断し、提出を命じた一審の決定を維持した
- 映像には口調や表情といった言葉になっていない要素まで記録されている点に、ほかの証拠では代えられない価値があるとされた
何があったのか
学校法人を被害者とする業務上横領事件があった。土地の売買契約の手付金として支払われた21億円を、学校法人の理事長だった人ほか数名が共謀して横領したという事件である。不動産の売買などを行う会社の代表取締役だった人も共犯として疑われ、2019年12月に逮捕・勾留され、同月25日に起訴された。
この会社代表者は、第三者を通じて理事長に18億円を貸しており、理事長はその金で学校法人の経営権を取得したうえ、手付金でその借金を返したとされていた。刑事裁判では、会社代表者が貸した相手を理事長個人と認識していたのか学校法人と認識していたのかが、共謀があったといえるかどうかに関わる争点になった。
会社代表者は2021年10月28日に無罪判決を受け、判決は確定した。この刑事裁判で重要な位置を占めたのが、別の関係者(以下Aとする)の供述である。Aは逮捕直後の取調べでは、会社代表者に対して貸付先が理事長個人であるとは説明していないという趣旨の供述をしていたが、2019年12月9日以降の取調べで、説明したという供述に変わった。刑事裁判ではこの証言の信用性が争われ、12月9日の取調べを録音録画した映像のうち約50分間が法廷で取り調べられた。無罪判決は、Aの証言は信用できないと判断している。
無罪が確定した元代表者は、2022年3月、逮捕・勾留・起訴が違法だったとして国に損害賠償を求める裁判を起こした。そのなかで、検察官が取調べ中にAを脅すような言動をしたためAが迎合して供述を変えたと主張し、その裏づけとして取調べの録音録画媒体を証拠として出すよう求めた。国は映像の一部を文字に起こした書面は提出したものの、映像そのものは出さないという意向を示したため、元代表者は2022年12月に文書提出命令を申し立てた。
一審にあたる裁判所は2023年9月、刑事裁判で取り調べられた部分もそれ以外の部分も含めて提出を命じた。これに対し高裁は、刑事裁判に出された部分だけの提出を命じ、出されなかった部分については申立てを退けた。
何が争われたのか
刑事訴訟法47条は、捜査や刑事裁判の記録について「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。」と定め、ただし相当と認められる場合は公開してよいとしている。この判断は記録を保管している側の合理的な裁量に委ねられている、というのがこれまでの最高裁の考え方である。
一方、民事裁判には文書提出命令という仕組みがあり、民事訴訟法220条3号は、争っている当事者と文書の持ち主との法律関係について作られた文書(法律関係文書)を提出義務の対象としている。
つまり、刑事の記録として原則非公開とされるものを、民事裁判のために出させられるのか。出させられるとして、どういう場合なのか。そして、紙の書類ではなく録音録画の映像でも同じように考えてよいのか。これが争点だった。
裁判所はどう判断したか
最高裁はまず、問題の映像は検察官の取調べの過程を客観的に記録したものであり、法律関係文書にあたるとした。そのうえで、保管者が提出を拒んだことが裁量権の範囲を逸脱または濫用したといえるときは裁判所が提出を命じられる、という従来の枠組みを確認し、これは録音録画された記録媒体でも変わらないとした。
そして本件について、2つの点を検討している。
1つは、その映像を取り調べる必要性である。この民事裁判では、Aが供述を変えたことに検察官の言動がどう影響したかが深刻に争われている。映像には、口調・声の大きさ・表情・身ぶりといった言葉になっていない要素まで機械的かつ正確に記録されており、文字起こしした書面や証人尋問と比べて格段に多くの情報を含み、正確さも担保されている。高裁は、争いがあるのは発言内容が重視されるものに限られ、ほかの証拠から推し量れると述べていたが、最高裁は、裁判所が検討すべきなのは主張として言葉にされた個々の言動に限られないとして、この見方を退けた。
もう1つは、出すことによる弊害である。元代表者とAとの間では、2023年3月に和解が成立していた。Aは映像が証拠として採用されることに反対せず、元代表者はAの顔にモザイクをかける、声を加工するなどプライバシーの保護に最大限配慮することを約束していた。最高裁は、こうした事情の下では、映像が民事裁判に出されること自体でAの名誉やプライバシーが害されるおそれがあるとは認められないとした。加えて、元代表者の無罪は確定しており、ほかの関係者について捜査や裁判が続いている様子もうかがわれないことから、捜査や裁判に不当な影響が及ぶおそれもないとした。
以上から、提出を拒んだ国の判断は「その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものというべきである」と結論づけ、高裁の決定のうち該当部分を破棄して、国の抗告を退けた。これにより、提出を命じた一審の決定が維持されたことになる。裁判官全員一致の結論で、2人の裁判官が補足意見を述べている。そのうち1つは、和解がAの本意によるものかを疑った高裁の見方について、「不本意であることと真意でないことは別論である」と指摘している。
この判決の意味
取調べの録音録画は、供述が自発的なものかどうかを後から検証できるようにする制度として広がってきた。この決定は、その映像が単に発言の記録ではなく、言葉になっていない要素まで含んだ独自の証拠としての価値を持つことを、最高裁が正面から認めたものといえる。
同時に、刑事の記録を民事裁判で使いたい場面について、必要性と弊害を具体的に検討するよう求めた判断でもある。とくに、本案の審理を担当している裁判所が必要性を高いと判断したことには相応の配慮が求められる、とした点は実務上の意味が大きい。
注意したいのは、最高裁が決めたのはあくまで映像を提出させるかどうかであって、逮捕や起訴が違法だったかどうか、つまり損害賠償が認められるかどうかを判断したものではない、という点である。
なお、これは2024年10月時点の民事訴訟法・刑事訴訟法に基づく判断である。民事訴訟法には、判決後に全面施行された改正で、電磁的記録そのものについての証拠調べと提出命令の規定が設けられている。
その後・実務への影響
報道によれば、この損害賠償請求訴訟の一審判決は2025年3月21日に大阪地方裁判所で言い渡され、請求は退けられた。原告側が控訴し、控訴審が大阪高等裁判所で続いており、2027年1月に中間判決が予定されていると報じられている。
同じような事情があれば取調べの映像の提出が認められる可能性がある、という見通しは立つが、この決定は和解の存在や無罪の確定といった具体的な事情を積み上げたうえでの判断である。どの事案にもそのまま当てはまるものとして読むことはできない。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。