| 事件番号 | 令和4年(受)第2281号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第一小法廷 |
| 判決日 | 2024-07-11 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 1億円を超える献金をした高齢の信者が、宗教法人に「献金について裁判を起こさない」という念書を差し入れていた。この念書(不起訴の合意)が有効か、また献金の勧誘が違法かが争われた
- 最高裁第一小法廷は2024年7月11日、念書による合意は公序良俗に反し無効だと判断した。さらに、献金勧誘の違法性を判断する枠組みを示し、それを使わずに違法性を否定した原審には誤りがあるとして、審理を東京高裁に差し戻した
- 「裁判を起こさない」という約束も、結ばれた経緯や内容によっては無効になりうること、献金の勧誘は「脅したかどうか」だけでなく多くの事情を総合して違法性を判断すべきことが示された
何があったのか
この事件で献金を受けたのは、宗教法人の世界平和統一家庭連合(旧統一教会)です。献金をしたのは昭和4年生まれの女性信者で、判決の中では「亡A」と呼ばれています。
女性は信者だった三女の紹介で教団の施設に通うようになり、遅くとも平成17年以降、教団の教理を学ぶようになりました。判決によれば、その教理には、病気や事故、離婚などの問題の多くは怨恨を持つ霊によって引き起こされており、そこから逃れて幸せに暮らすには献金をして先祖を解怨することなどが必要だ、という内容が含まれていました。女性には妹の早世、夫の母の自殺、夫の重い病気など、身内の不幸が重なっていました。
女性は平成17年から平成21年までの間に、十数回にわたり合計1億0058万円を献金しました。さらに自分の土地を3回に分けて合計約7268万円で売り、そのうち480万円を献金しています。残りの売却代金は信者たちでつくる地元の組織に預けられ、平成27年までに、そこから約2066万円が教団に献金され、約3046万円が女性に生活費などとして渡されました。
平成27年8月、夫を亡くして一人暮らしをしていた女性は、長女に献金のことを打ち明けます。女性がそのことを信者に伝えたあとの同年11月、女性は信者の運転する車で公証人役場へ行き、信者が文案を作った「念書」に署名押印して、公証人の認証を受けました。念書には、それまでの献金について、教団に対して返金の請求や損害賠償の請求を、裁判でも裁判外でも一切しないと書かれていました。女性がこの念書を教会に提出した際には、返金手続をするつもりはないと答える様子がビデオで撮影されています。
その約半年後の平成28年5月、女性はアルツハイマー型認知症により成年後見相当と診断されました。平成29年3月に女性は教団と信者を相手に裁判を起こしましたが、裁判の途中の令和3年7月に亡くなり、長女が訴訟を引き継ぎました。
何が争われたのか
争点は大きく2つです。
1つ目は、念書による「裁判を起こさない」という合意(不起訴合意)が有効かどうかです。有効であれば、合意に反して起こされた裁判は、そもそも中身を審理してもらえません。原審の東京高裁は、合意は公序良俗に反しないとして、教団に対する訴えを却下すべきものとしていました。
2つ目は、信者たちによる献金の勧誘が違法かどうかです。原審は、信者たちが献金しないと具体的な害悪があると告げたとは認められないこと、献金が多額かつ頻繁だというだけで女性の資産や生活に照らして過大だったとはいえないことなどを理由に、勧誘は違法とはいえないとしていました。
裁判所はどう判断したか
念書による合意は無効
最高裁はまず、裁判を起こさないという合意は一律に無効ではないものの、憲法32条が保障する「裁判を受ける権利」を制約するものなので、「その有効性については慎重に判断すべきである」と述べました。そのうえで、当事者の属性や関係、合意に至った経緯・目的、当事者が被る不利益の程度などを総合して、公序良俗に反するかどうかを決めるとしました。
この事件については、次の点を挙げています。
- 女性は合意の当時86歳の一人暮らしで、約半年後には成年後見相当の認知症と診断された
- 教理を学び始めてからの約10年間に1億円を超える献金をし、韓国での儀式に多数回参加するなど、教団の心理的な影響の下にあった
- 女性が長女に献金を打ち明けたことを信者が知ったあと、信者が念書の文案を作り、公証人役場にも同行し、ビデオ撮影もしていた。合意は終始、信者の主導で結ばれた
- 合意の内容は、1億円を超える献金について何の見返りもなく一切訴えないというもので、女性の不利益は大きい
最高裁は、この合意は、女性が合理的に判断することが難しい状態にあることを利用して一方的に大きな不利益を与えるものだとして、公序良俗に反し無効だと判断しました。
献金勧誘の違法性の判断の仕方
次に最高裁は、宗教団体が献金を勧誘すること自体は「宗教活動の一環として許容されており、直ちに違法と評価されるものではない」としました。ただし献金は見返りのない財産の移転であり、勧誘の仕方や金額によっては、自由な意思決定が妨げられたり、不当な不利益を与えたりするおそれがあると指摘しています。
そのため、害悪を告げて不安をあおることはもちろん、寄附者が適切に判断できない状態に追い込むことや、寄附者や家族の生活を困難にすることがないよう、十分に配慮することが求められるとしました。この部分では、2023年に全面施行された不当寄附勧誘防止法(法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律)の3条1号・2号が参照されています。
そして、判断に支障が生じたかどうか、生活の維持に支障が生じたかどうかなどを総合的に考え、勧誘の在り方として「社会通念上相当な範囲を逸脱すると認められる場合には、不法行為法上違法と評価される」という枠組みを示しました。検討にあたっては、勧誘の言葉や態様だけでなく、寄附者の年齢などの属性、家庭環境、入信の経緯、献金の目的・額・原資、資産や生活の状況などを多角的に見るべきだとしています。
この事件では、女性が献金当時80歳前後の高齢で身内の不幸を抱えていたこと、土地を売ってまで献金し、残りを信者の組織に預けてそこから生活費を受け取るという異例の形になっていたことなどから、慎重な判断が必要な事情があるとしました。ところが原審は、害悪の告知の有無や献金が過大かどうかを個別に取り上げて検討しただけで、総合的に判断する枠組みを採っていなかったとして、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があるとしました。
結論として、最高裁は原判決のうち長女が不服を申し立てた部分を破棄し、教団と信者の不法行為責任の有無などをさらに審理させるため、東京高裁に差し戻しました。裁判官全員一致の判断です。
この判決の意味
この判決は、報道でも最高裁として初めての判断だと伝えられました。
1つ目の意味は、「裁判を起こさない」という約束があっても、それだけで訴えの道が閉ざされるとは限らないことです。最高裁は、裁判を受ける権利を手放す約束であることから慎重な判断を求め、高齢や心理的な影響の大きさ、相手方が主導した経緯、見返りのなさといった事情をもとに無効としました。公証人の認証やビデオ撮影があっても、この事案では有効とはされませんでした。
2つ目の意味は、献金勧誘の違法性を判断する枠組みが示されたことです。「献金しないと悪いことが起きる」と言ったかどうかだけで判断するのではなく、寄附者の年齢や家庭環境、献金の額と原資、生活への影響などを総合して判断すべきだとされました。
なお、最高裁が判断したのは念書の有効性と違法性の判断の仕方であって、この事件の勧誘が違法だったと認定したわけではありません。その点は差戻し後の審理に委ねられました。
また、公序良俗違反を定める民法90条は、判決の中では平成29年の民法改正(2020年4月施行)より前の条文として参照されています。この事件の念書は2015年に作られたもので、判決は当時の条文に基づく判断です。
その後・実務への影響
報道によると、差戻し後の東京高裁は2025年12月18日、献金の勧誘は社会通念上相当な範囲を逸脱しており違法だとして、教団側に計6000万円余りの支払いを命じました。
不当寄附勧誘防止法については、消費者庁が施行2年の見直しとして2025年9月に報告書をまとめ、現時点で法改正すべき立法事実は認められないと結論づけたと報じられています。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。