| 事件番号 | 令和7年(し)第177号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第三小法廷 |
| 判決日 | 2025-11-10 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 詐欺で起訴されて無罪が確定した人が、捜査の過程で押収された現金1500万円を返すよう求めたが、警察はその現金をすでに被害者とされた側に返していた
- 最高裁は、捜査機関の処分を審査する裁判所は、処分の当時に捜査機関が持っていた資料だけでなく、あとから出てきた資料も考慮に入れるべきだとして、訴えを退けた東京地裁の決定を取り消した
- ただし現金がそのまま戻ると決まったわけではなく、誰に返すのが相当かは検察官が改めて判断することになった
何があったのか
2021年3月1日、ホテルのロビーで、ある人物(決定文ではAと記号で書かれています)が、不動産の購入代金とされる1億5000万円などの入ったスーツケースを持参し、これを別の人に渡しました。警視庁は、この受け渡しについて、スーツケースを持ち去って盗んだ疑い、つまり窃盗の疑いがあるとして捜査を始めます。
同年3月20日、警察はスーツケースを受け取った側の人が使っていた自動車を捜索し、スーツケース1個を差し押さえました。そして同じ日、Aと、1億5000万円の所有者とされたAの母親を立ち会わせてスーツケースを開けます。中からは現金1500万円が出てきました。一万円札1500枚が、100枚ごとに帯封を巻かれた状態で入っていたものです。
警察はこの現金入りのスーツケースを窃盗事件の被害品と判断し、その場でAに返しました。そのうえでAから改めて任意に提出を受けて手元に置き、現金はその後、東京地方検察庁に送られて保管されます。
一方、スーツケースを受け取った側の人は、窃盗ではなく詐欺の事実で起訴されました。一時的に預かるとうそを言って1億5000万円などの入ったスーツケースの交付を受け、だまし取った、という内容です。しかし2023年11月17日、無罪判決が言い渡されます。検察官は控訴せず、無罪は確定しました。
無罪が確定したのだから現金を返してほしい——そう考えたこの人は、押収された1500万円の返還を請求します。ところが東京地検の検察官は2024年2月29日、これに応じない処分をしました。
何が争われたのか
刑事手続では、捜査機関が押収した物の扱いに不服がある人は、裁判所にその処分の取消しを求めることができます。準抗告と呼ばれる手続です。この人は2つの処分を同時に争いました。1つは、警察が現金をAに返した処分。もう1つは、検察官が返還に応じなかった処分で、あわせて現金を自分に返すよう命じる裁判も求めました。
東京地裁は、どちらの訴えも退けました。警察の処分については、捜査経過を取り調べたうえで、返した時点の判断として現金を盗品と認めたことには合理性があったとして、違法ではないとしました。検察官の処分については、現金は適法に返還を受けたAから任意提出されて手元に置かれているものだから、この人はもう押収処分を受けた者には当たらない、と整理したのです。
争点は2つに整理できます。捜査機関の処分が正しかったかを審査する裁判所は、いつの時点の、どんな資料をもとに判断すべきなのか。そして、あとから確定した無罪判決という事実は、そこで考慮されないのか、ということでした。
裁判所はどう判断したか
最高裁第三小法廷は2025年11月10日、裁判官全員一致で、東京地裁の2つの決定をいずれも取り消し、さらに警察が現金1500万円を返した処分と、検察官が返還しなかった処分そのものも取り消しました。抗告の理由づけ自体は法律上の要件を満たしていないとしながら、職権で調べたうえでの判断です。
軸になったのは、準抗告という制度の性格でした。準抗告は裁判に対する不服申立てではなく、捜査機関がした処分に対する不服申立てである——最高裁はここから出発し、審査する裁判所が見るべき資料の範囲について、こう述べます。
その後に捜査機関が収集し、又は裁判所に提出されたものについても考慮に入れるべきである
処分の当時に捜査機関が集めていた資料に限らず、その当時の事実についての資料であれば、あとから集まったものや裁判所に提出されたものも判断材料にせよ、という趣旨です。東京地裁は処分当時の資料だけを見ており、この枠組みを外していました。
そのうえで最高裁は、詐欺事件の記録などから、この人が第三者の依頼を受けて、その第三者とAの母親との間の外貨両替取引に使うものとしてAから1億5000万円を受け取った可能性は否定できないと指摘し、こう結論づけました。
本件現金が贓物であったとは認められない
贓物とは盗品などを指す古い言い方で、刑事訴訟法の条文にいまも残っています。盗品と認められないのであれば、被害者に返すという前提そのものが崩れることになります。
検察官の処分についても、警察の処分が取り消されるべきである以上、差押えによる押収の効果は失われていないとして、次のように述べました。
申立人は、押収処分を受けた者に当たると解される
ただし最高裁は、現金をこの人に返すべきだとまでは述べていません。この人以外の人に返すのが相当といえる事情があるかどうかは調べられておらず、なお明らかとはいえないとして、検察官が記録などに基づいて改めて判断するべきだとしました。
この判決の意味
押収された物が捜査の途中で別の人に返されてしまうと、あとから無罪になっても取り戻しにくい——この事件は、その落とし穴が現実に起こりうることを示しています。
最高裁が示したのは、捜査機関の処分をあとから審査する裁判所は、その時点で捜査機関が何を持っていたかだけを見るのではなく、あとから明らかになった資料も含めて、処分が正しかったかを判断すべきだという考え方です。捜査の初期段階では手元の資料が限られるため、処分当時の判断としては合理的だった、という理由で処分が追認されやすくなります。今回の枠組みは、そこに一定の歯止めをかけるものといえるでしょう。
その後・実務への影響
この決定で決まったのは、東京地裁の判断と2つの処分を取り消すところまでです。現金1500万円が誰に渡るのかは、これから検察官が改めて判断することになります。
無罪が確定していることと、押収された物を誰に返すのが相当かという判断は、別々に行われる——この事件はその関係も浮かび上がらせています。押収された物の返還をめぐって争いが生じたとき、処分の当時に捜査機関が何を知っていたかだけでなく、その後に判明した事情も持ち出して主張できる、という考え方が示されたことになります。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。