| 事件番号 | 令和6年(受)第120号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第一小法廷 |
| 判決日 | 2025-10-30 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 自損事故で亡くなった人の自動車保険(人身傷害条項)の死亡保険金を誰が受け取るのかが争われた
- 最高裁は、その請求権は亡くなった本人に発生し、本人の相続財産に属すると判断した
- 相続放棄をした相続人は、この保険金を受け取る立場にはならない、という整理になる
何があったのか
2020年1月、ある男性が、自損事故を起こして亡くなった。運転していたのは、男性が代表者を務める会社が2019年に契約した自動車保険の対象車両で、その普通保険約款には人身傷害条項が置かれていた。
男性の子どもたちは、いずれも相続放棄の申述をし、受理された。その結果、男性の遺産は男性の母親が一人で相続することになった。母親は保険会社に対し、男性の人身傷害保険金の請求権を相続によって取得したと主張して、保険金の支払いを求める訴訟を起こした。
ところが訴訟が第一審に係属している間の2022年9月、その母親も亡くなった。母親の子どもたち、つまり亡くなった男性の兄弟にあたる人たちが、訴訟を引き継いだ。
二審の東京高裁(2023年10月3日判決)は請求する側の言い分を認め、保険会社が上告した。
何が争われたのか
争点は2つあった。
死亡保険金の請求権は、そもそも誰のものか
約款は、保険金を請求できる人として、事故で損害を被った次の者を挙げていた。
被保険者。ただし、被保険者が死亡した場合はその法定相続人とする。
保険会社は、わざわざ法定相続人と書いてある以上、被保険者が亡くなった場合の保険金請求権は、本人の相続財産を経由せず、最初から法定相続人のものとして発生すると主張した。この読み方をすると、権利は第一順位の法定相続人である子どもたちが取得していることになる。子どもたちは相続放棄をしているが、放棄と関係なく最初から自分の権利として持っているのだから、母親は何も相続していない、というのが保険会社の言い分だった。
一律で定められた精神的損害の額を、どう計算するか
約款は、死亡による損害を葬儀費・逸失利益・精神的損害などに分けていた。このうち精神的損害の額は、被保険者の属性ごとに一律の金額と決められていた。一家の支柱である場合は2000万円、そうでない場合は65歳以上なら1500万円、65歳未満なら1600万円である。そしてこの精神的損害は、本人のほか父母・配偶者・子といった遺族が受けた精神的苦痛による損害だ、と説明されていた。
一方で約款は、被保険者の父母・配偶者・子自身も、保険金を請求できる人として挙げていた。そこで保険会社は、そうした近親者がいる以上、一律の金額の一部は近親者が受け取るべきものであり、全額が本人の損害だという前提で保険金を計算することはできない、と主張した。
裁判所はどう判断したか
第一小法廷は、まず約款全体の作りに目を向けた。人身傷害保険金は、事故で損害を被った人に対してその損害を埋め合わせるために支払われるものとされ、金額も実費や損害の程度に応じた計算方法で決まる。他から損害を埋め合わせる給付を受けていれば、その分は差し引かれる。さらに、精神的損害は本人が受けた苦痛を含むものとされ、逸失利益も本人自身に生じるものとして計算される仕組みになっている。
こうした条項の文言と構造、そして保険契約者の通常の理解を踏まえれば、被保険者が事故で亡くなった場合も含めて、保険金請求権は被保険者自身に発生する定めだと読むべきだ、と裁判所は述べた。法定相続人と書いたただし書は、権利が相続財産に属することを前提として、通常は法定相続人が相続によってこれを取得することになると念のため書いたにすぎない、という位置づけである。
死亡保険金の請求権は、被保険者の相続財産に属するものと解するのが相当である
もうひとつの争点についても、原審の判断が結論において是認された。裁判所は、一律の金額は本人と近親者の精神的損害に支払われる保険金の総額を定めたものだと整理したうえで、次の点を挙げている。近親者がいるからといって本人が受けた苦痛が小さくなるわけではないこと。約款に、本人の保険金と近親者の保険金を調整する定めが置かれていないこと。そして、近親者が自分の分を請求する意思を持たない場合には、一律に定めた金額に満たない額しか支払われないことになり、属性ごとに単一の金額を定めた基準の趣旨と合わないこと。
結論として、死亡保険金は一律の金額の全額が本人の精神的損害だという前提で計算すべきであり、
近親者が存在することは死亡保険金の額に影響を及ぼすものではない
とされた。保険会社が二重に支払う負担を負うのではないかという点については、約款が、近親者の請求権の金額の範囲内で、すべての保険金請求権者のために支払うことができる定めを置いていると読めるため、その負担は生じないと述べている。
上告は棄却され、保険会社側の敗訴が確定した。
この判決の意味
保険金請求権が相続財産に属するのか、それとも相続人が自分の権利として直接取得するのかは、言葉の違いに見えて結論を大きく変える。相続財産に属するのであれば、相続放棄をした人はその保険金を受け取る立場にならず、実際に相続した人へ渡ることになる。この事案でも、子どもたちが放棄したことで母親が相続人となり、母親の死亡によってさらにその相続人へと権利が移っていった。
注意したいのは、この判断が特定の約款についてのものだという点である。裁判所は繰り返し、本件の人身傷害条項について検討していると断っており、条項の書きぶりが違えば同じ結論になるとは限らない。似た文言を見かけたときも、契約ごとの定めを確かめる必要がある、という考え方が示されたにとどまる。
精神的損害についての判断も、同じように約款の作り方に依存している。一律の金額を定めながら本人分と近親者分を調整する規定を置いていない、という構造が判断の前提になっているためである。
その後・実務への影響
この判決は民集第79巻7号2794頁に登載されており、先例として扱われる位置づけの判断である。同種の条項を持つ契約について、誰が保険金を請求できるのか、相続放棄との関係をどう考えるのかを検討する際の出発点になるとみられる。
事故で家族を亡くしたときに誰が何を受け取れるのかは、当事者にとって切実な問題でありながら、約款の一文の読み方ひとつで変わってしまう。最高裁が、ただし書だけを取り出して読むのではなく、条項全体が何のための仕組みなのかから読み解いた点は、契約書の解釈を考えるうえでも参考になる部分だろう。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。