| 事件番号 | 令和5年(し)第412号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第三小法廷 |
| 判決日 | 2025-02-25 |
| 通称 | 大崎事件 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 1979年の大崎事件で殺人などの罪が確定した人たちが、裁判のやり直し(再審)を求めた4回目・3回目の請求です。
- 最高裁は、弁護側が出した医学鑑定や供述分析の鑑定は、確定した有罪判決の認定に合理的な疑いを生じさせるものではないとして、再審を認めなかった下級審の判断を維持しました。
- 宇賀克也裁判官は、再審を開始すべきだとする反対意見を付けています。
何があったのか
鹿児島県大崎町で1979年(昭和54年)に男性の遺体が見つかった、いわゆる大崎事件です(地名・通称は報道による)。
確定した判決が認定した事実は、おおむね次のとおりです。1979年10月12日の夜、酒に酔った男性が道路脇の溝に落ちているのを地域の住人が見つけ、近所の2人が男性を自宅まで連れ帰って土間に置きました。その後、男性の長兄の妻、長兄、次兄の3人が共謀して男性を殺害し、翌13日の未明、次兄の息子も加わって遺体を牛小屋の堆肥の中に埋めた、というものです。
長兄・次兄・次兄の息子は罪を認め、それぞれ懲役8年、懲役7年、懲役1年の判決が確定しました。一方、長兄の妻は裁判で関与を否定しましたが、懲役10年の判決を受け、控訴・上告も退けられて確定しています。
その後、長兄の妻は3回、長兄(その長女が申立人)は2回、再審を請求してきました。このうち長兄の妻の1回目の請求と、長兄の妻の3回目・長兄の2回目の請求では、再審開始の決定が出ています。しかし、いずれも上級の裁判所で取り消され、結果として再審はすべて認められていませんでした。今回はそれに続く、長兄の妻の4回目・長兄の3回目の請求です。
何が争われたのか
刑事訴訟法435条6号は、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」を新たに発見したことを、再審を請求できる理由の一つとしています。今回の争点は、弁護側が出した新しい証拠がこれに当たるかどうかでした。
新証拠は、大きく3つに分かれます。
- 救急医療の専門医による、男性の死因についての鑑定
- テキストマイニング(コンピュータで文章データを解析する手法)を使った、関係者の供述の分析
- 供述心理学の手法を使った、関係者の供述の分析
弁護側は、男性は酔って溝に落ちたときのけがによって、自宅に運ばれた時点ですでに亡くなっていたことがほぼ確実であり、殺人そのものが無かったと主張しました。
最初に請求を審理した裁判所も、その次の福岡高等裁判所宮崎支部も、これらは明らかな証拠に当たらないとして請求を退けました。弁護側がこれを不服として最高裁に特別抗告したのが本件です。
裁判所はどう判断したか
最高裁は、弁護側の主張は特別抗告が認められる理由に当たらないとしたうえで、職権で中身を検討し、下級審の判断を是認しました。
確定判決は何を根拠にしていたか
最高裁はまず、確定判決がどのような証拠の組み合わせで有罪を認定したのかを整理しています。
- 遺体の気管支に堆肥の粉末が入っていなかったことから、亡くなった後に埋められたと推測されること
- 現場の敷地は崖や林に囲まれていて、夜間に立ち入る人は近隣の住人か来訪者以外に考えにくいこと
- 罪を認めた3人の自白と、共謀の様子を聞いたという次兄の妻の供述
- 男性を生きている状態で連れ帰ったという、近所の2人の供述
当時の解剖による鑑定は、遺体の腐敗が著しく、ほかに目立った所見も無いため窒息死と推定するほかないというもので、死因を断定したものではありませんでした。
医学鑑定について
新しい医学鑑定は、解剖時の写真から、男性は溝への転落で首を痛めて体を動かせなくなり、主な死因は小腸の広い範囲が壊死したことだと結論づけていました。
最高裁は、この鑑定の証明力には限界があるとしました。解剖の時点で遺体は腐敗していて得られた情報は限られていたこと、鑑定をした医師は遺体を直接見ておらず、腸の一部が写った写真などから推論を重ねていること、顔から溝に落ちたことを示す傷の記録が見当たらないこと、両脚の広い範囲の皮下出血を十分に説明していないこと、などを理由に挙げています。
そのうえで、確定判決はもともと死因の特定が難しい中で他の証拠と合わせて有罪を認定しており、この鑑定は「死因の一つの可能性を指摘したにとどまる」ので、判断の前提を変えるものではないとしました。
さらに、もし男性が自宅に着いた時点で亡くなっていたとすると、遺体を堆肥に埋められたのは最後に接した近所の2人くらいしか考えられなくなるが、善意で男性を送り届けた2人がそうしたとは証拠上まったく想定できない、とも述べています。
供述分析の鑑定について
2つの供述分析の鑑定は、近所の2人の供述には食い違いなどがあり、長兄の妻の供述には目立った問題が無い、という趣旨のものでした。
最高裁は、これらの鑑定は供述が信用できるかを直接判断するものではなく、裁判所が考慮すべき可能性を示すにとどまる性質のもので、そのことは鑑定自身も述べていると指摘しました。他の証拠や供述の外にある事情も考慮していないことから、分析対象の供述の信用性を直ちに下げたり上げたりするものではないとしています。
結論として、新証拠を合わせて考えても、「各確定判決の有罪認定に合理的な疑いを生ずる余地はない」として、特別抗告を棄却しました。
反対意見
宇賀克也裁判官は、原決定と最初の決定を取り消して、再審を開始すべきだとする反対意見を付けました。
反対意見は、新しい医学鑑定を、それまでの法医学者による鑑定とは違う救急医療医の立場から、法医学者が注目してこなかった腸の写真に着目して死因と死亡時期について新たな知見を示したものと評価しています。腸の写真は極めて鮮明で、専門医がそこから死因を特定することは可能だと考えられるとし、限られた情報であることを理由に証明力を低く見ることには賛成しがたい、としました。この鑑定のとおり男性が自宅に運ばれた時点で亡くなっていたなら、その後の殺人はあり得ず、近所の2人の供述や自白の信用性にも疑問が生じる、という考え方です。
報道によれば、決定は裁判官5人のうち4人の多数意見によるものです。
この判決の意味
今回の決定は、新しい鑑定を単独で評価するのではなく、確定判決のもとになった客観的な状況や自白、目撃供述と合わせて、有罪の認定に合理的な疑いが生じるかを検討しました。そのうえで、死因について別の可能性を示す鑑定であっても、確定判決の判断の前提を変えるほど強いものでなければ、再審開始の理由にはならないという考え方を示しています。
一方で、同じ新証拠を、多数意見は可能性を示すにとどまると見て、反対意見は高い信用性があると見ています。専門家の鑑定をどの程度重く見るかによって結論が分かれうることが、1つの決定の中にはっきり表れた事例といえます。
なお、この決定は、決定当時の刑事訴訟法の再審規定に基づく判断です。
その後・実務への影響
報道によれば、2026年1月8日、弁護団は5回目となる再審請求を鹿児島地方裁判所に申し立てました。新たな医学鑑定などを新証拠として提出したと報じられています。
また、2026年7月17日には、再審の手続を見直す改正刑事訴訟法が成立しました。報じられている主な内容は、再審開始の決定に対する検察官の不服申立ての原則禁止、裁判所による検察官への証拠の提出命令、再審請求の審理を選別するための手続の整備などです。今回の決定は、この改正より前の法律のもとで出されたものです。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。