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拘置所の診療記録の不開示は誤りでも、国の賠償責任は否定

事件番号令和4年(行ヒ)第296号
裁判所最高裁判所第一小法廷
判決日2023-10-26
出典裁判所ウェブサイトの判決文

3行でわかる判決

  • 拘置所に収容されていた人が、収容中に受けた診療の記録の開示を求めたところ、全部を開示しないと決定されたため、決定の取消しと国への損害賠償を求めました。
  • 最高裁は、不開示の決定は法律の解釈を誤ったものだったとしつつ、決定当時の裁判例や審査会の答申が同じ見解を採っていたことなどから、国家賠償法上の違法はないと判断しました。
  • 行政の決定が後から誤りだったと分かっても、それだけで国の賠償責任が生じるわけではない、という考え方が具体的な事案で示されました。
目次

何があったのか

請求をした人は、平成28年1月25日に被告人として千葉刑務所に収容され、同年7月20日に東京拘置所へ移されました。東京拘置所では、未決拘禁者として収容されていました。

この人は平成29年5月12日、判決当時の行政機関個人情報保護法に基づいて、収容中に受けた診療についての診療録に記録された自分の個人情報を開示するよう、東京矯正管区長に請求しました。

これに対し東京矯正管区長は、同年6月15日付けで、全部を開示しないと決定しました。理由は、同法45条1項にありました。この条文は、刑事事件の裁判や刑の執行などに関する個人情報については、開示請求の規定を適用しないと定めています。管区長は、刑事施設に収容されている人の診療の情報もこれに当たると考えたのです。

そこでこの人は、決定は違法だとして、国を相手に、決定の取消しと国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めて訴えを起こしました。

何が争われたのか

この裁判は、最高裁に2度上がっています。

1度目の争点は、収容中の診療情報がそもそも開示請求の対象になるのかという点でした。第1審と最初の控訴審は、対象から除外されるので決定は適法だとして請求を退けました。しかし最高裁(第1次上告審)は、収容中に受けた診療に関する個人情報は同法45条1項の情報には当たらず、開示請求の対象になると判断し、審理を高等裁判所に差し戻しました。

この判断を受けて、東京矯正管区長は不開示の決定を全部取り消し、情報の一部を開示する決定をしています。

残ったのが損害賠償です。差戻し後の東京高等裁判所は、決定の取消しを求める部分は、訴えの利益を欠くとして却下しました。一方で損害賠償については、請求の一部を認めました。法務省の担当者らが根拠の乏しい解釈を採用して組織として周知しており、注意義務に違反した、というのがその理由です。

これに国が不服を申し立てたのが、今回の判決です。争点は、法律の解釈を誤ってされた不開示の決定が、国家賠償法1条1項の上でも違法と評価されるのかどうかでした。

裁判所はどう判断したか

最高裁は、高等裁判所の判決のうち国が敗訴した部分を破棄し、損害賠償請求を認めない結論を自ら示しました。裁判官全員一致の意見です。

まず最高裁は、判断の枠組みを示しました。決定が法律の解釈を誤ってされたものであっても、そこから直ちに国家賠償法上の違法があったと評価されるわけではない、というものです。違法と評価されるのは、決定をした公務員が

職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と判断した

と認められるような事情がある場合に限られるとしました。これは最高裁が平成5年の判決で示していた考え方を、今回の事案に当てはめたものです。

そのうえで、決定当時の状況を検討しています。

  • 当時公表されていた裁判例や、情報公開・個人情報保護審査会の答申は、いずれも収容中の診療情報は開示請求の対象外だという見解を採っていたことがうかがわれる
  • 第1次上告審と同じ解釈を示す文献などがあったこともうかがわれない
  • 収容中の診療情報を、刑事裁判の内容の実現などに付随する作用に関するものとみる余地は否定し難く、管区長の見解が条文の文言に反するとまではいえない
  • この条文には、第三者による前科などの審査に個人情報が使われる弊害を防ぐ趣旨がある。診療情報が開示されれば収容中に診療を受けた事実、ひいては前科などの存在が明らかになることからすると、管区長の見解は「不合理であるとまではいえない」

これらを踏まえ、最高裁は、管区長が立脚した見解に「相当の根拠がなかったとはいえず」、漫然と判断したと認められるような事情はないと結論づけました。

高等裁判所が重視した法務省の担当者らの対応についても、最高裁は別の見方を示しています。決定当時、法務省の担当者らが通達などで管区長にこの見解を採るよう命じていた事情はうかがわれない以上、決定が違法かどうかは、管区長とは別の公務員である担当者らが注意義務を尽くしたかどうかには左右されない、というものです。

この判決の意味

この判決で押さえておきたいのは、結論の読み方です。最高裁は、診療記録を開示しなくてよいと判断したわけではありません。収容中の診療情報が開示請求の対象になることは、第1次上告審ですでに判断されており、今回の判決もその決定が法律の解釈を誤ったものだったことを前提にしています。

今回否定されたのは、その誤りについて国がお金で償う責任を負うか、という点です。行政の決定が裁判で誤りだったとされることと、国に賠償責任が生じることは、別の問題として扱われました。そして後者については、決定をした時点で公務員がどのような根拠に基づいて判断したのかが問われています。

この事案では、当時の裁判例も審査会の答申も管区長と同じ見解だったことが、結論の理由として挙げられています。あくまで、判示された事情の下での判断です。

その後・実務への影響

この判決が扱った行政機関個人情報保護法は、令和3年の法律によって廃止されており、判決も廃止前の法律に基づく判断であることを明示しています。国の行政機関が持つ個人情報の取扱いは、現在は個人情報保護法に統合されています。

一方、損害賠償の根拠となった国家賠償法1条1項は、現在も変わっていません。行政の決定に誤りがあったとき、国の賠償責任がどのような場合に認められるのかを考える手がかりになる事例といえます。

本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。

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