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「宗教性は軽微でない」でも合憲 公園内の孔子廟と政教分離

事件番号令和5年(行ツ)第261号
裁判所最高裁判所第一小法廷
判決日2025-03-17
通称孔子廟訴訟
出典裁判所ウェブサイトの判決文

3行でわかる判決

  • 那覇市が管理する公園の中に建つ孔子廟をめぐり、市は撤去を求めるべきなのに放置していると市民が訴えた住民訴訟
  • 最高裁は、この施設に軽微とはいえない宗教性があると認めたうえで、それでも設置を許可して土地を使わせていること自体は憲法の政教分離に違反しない、と判断した
  • 2021年の最高裁大法廷が違憲としたのは公園使用料の「全額免除」であり、免除が取り消されて使用料が納められている状態はそれとは別だ、という整理が示された
目次

何があったのか

舞台は、那覇市が都市公園として管理する松山公園です。この公園内の土地に、儒教の祖である孔子と、その4人の門弟(四配)などを祀る久米至聖廟が建っています。建物を所有しているのは、久米三十六姓と呼ばれる人々の子孫でつくる一般社団法人・久米崇聖会です。久米三十六姓とは、約600年前から約300年間にわたって、現在の中国福建省やその周辺から琉球に渡ってきた人々を指します。

この地域には、もともと17世紀に彼らが建てた至聖廟と、18世紀に建てられた明倫堂(琉球で最初の公立学校とされる)がありました。これらは第二次世界大戦の戦災で焼失し、戦後はいったん別の場所に再建されていましたが、2000年代に入って市が公園を整備する際、ゆかりの地である久米地域へ戻す形で現在の施設が建てられました。

市長は、都市公園法にもとづく公園施設の設置許可を法人に出しています。最初の許可は2011年3月31日付けで、以後おおむね3年ごとに更新されてきました。この裁判で問題になったのは、2020年4月1日付けで出された許可です。

那覇市の公園条例では、設置許可を受けた人は占用面積1平方メートルにつき1か月360円の使用料を納めることになっています。この施設の占用面積は1335平方メートルなので、年間576万7200円にあたります。ところが市長は、許可を出すたびに、この使用料を全額免除する処分も併せて行っていました。

その扱いを違憲としたのが、2021年2月24日の最高裁大法廷判決です。大法廷は、2014年3月28日付けの使用料免除処分が、憲法20条3項が禁じる宗教的活動にあたると判断しました。これを受けて市長は2021年5月28日付けで過去の免除処分を取り消し、法人に使用料の納入を通知します。法人はそれまでの分を全額納め、その後も順次納めていきました。

今回の訴訟を起こした市民は、それでは足りないと考えました。免除をやめただけでは、公有地の上に宗教施設が建っている状態そのものは変わらない。市は法人に対して施設の撤去と土地の明渡しを求めるべきなのに、それをしないのは違法に財産の管理を怠るものだ——として、市長を相手に住民訴訟を起こしたのです。

何が争われたのか

争点は、施設の設置を許可し、その土地を敷地として使わせていること自体が、政教分離に反するかです。

日本国憲法は、国や自治体が特定の宗教とかかわりを持つことを、20条や89条で制限しています。とはいえ、行政と宗教の接点をゼロにすることは現実には不可能です。そこで最高裁は古くから、目的や効果、周囲の受け取り方といった事情を総合して、かかわり合いが「相当とされる限度」を超えているかどうかで判断する枠組みをとってきました。

今回はこの枠組みを、宗教性のある歴史的建造物を公園施設として置く場面に当てはめる作業になりました。2021年の大法廷判決との関係も問題になります。あの判決が違憲としたのは使用料の免除であって、設置許可そのものではないからです。

なお、この市民は市を相手にも、施設の一部にかかる固定資産税の減免処分の無効確認を求めていました。

裁判所はどう判断したか

最高裁第一小法廷は2025年3月17日、裁判官全員一致で、市長に対する上告を棄却しました。市民側の敗訴です。市に対する上告のほうは、上告理由が書かれていなかったため、内容に立ち入らずに却下されています(つまり固定資産税の点は判断されていません)。原審の福岡高裁那覇支部も同じ結論で、最高裁はそれを是認した形です。

注目すべきは、最高裁がまず施設の宗教性をはっきり認めていることです。外観が社寺と似ていること、毎年9月28日に行われる釋奠祭禮という行事が孔子の霊を迎えて送り返す内容であること、建物の配置がその儀式に沿っていることを挙げ、こう述べました。

一体として宗教性を有するものといえ、その程度も軽微とはいえない

そのうえで、最高裁は結論を分けます。

第一に、許可の目的です。施設は、かつての至聖廟をゆかりの地に再建したもので、地域の歴史や文化を伝える価値がある。市の公式ガイドマップに載り、観光客も訪れている。拝観時間内は無料で公開され、明倫堂では一般市民も対象にした教養講座が開かれ、講堂や展示場は市民の利用に供されている。こうした点から、市は観光資源としての意義に着目し、公園の機能を高めて地域の振興やまちづくりを図るという世俗的・公共的な目的で許可をしてきたのであって、

その目的が宗教的意義を有するものとはいえない

と判断しました。

第二に、お金の流れです。設置許可を受けた法人には、年間576万7200円の使用料を納める義務が生じます。しかもその額は条例の規定から一義的に決まるもので、市の裁量で加減できるものではありません。施設で宗教的な活動ができるようになるという側面はあるとしても、相応の負担を伴う以上、

特定の宗教に対する特別の便益の提供に当たるものとは評価し難い

としました。かつての免除処分についても、大法廷判決を受けて取り消され、使用料が順次納められていることを指摘しています。

これらを総合し、最高裁は、一般の人の目から見て市が特定の宗教を援助していると評価されるおそれがあるとはいえず、市と宗教とのかかわり合いは相当とされる限度を超えていない、と結論づけました。

この判決の意味

この判決を「使用料を払えば合憲になる」とまとめてしまうと、判断の中身を取り違えることになります。最高裁が見たのは、施設の宗教性、許可の目的、費用負担のあり方、免除処分が取り消された経緯という複数の事情の組み合わせです。使用料はそのうちの一つで、しかも「無償で使わせていない」という消極的な意味を持つにとどまります。

もう一つ大事なのは、宗教性を認めることと違憲とすることが同じではないと示された点です。最高裁は施設の宗教性を軽微でないとはっきり書いたうえで、それでも違憲ではないと述べました。宗教的な由来を持つ建造物が地域の歴史や観光の資源にもなっている——という日本各地にありうる状況について、宗教性の存在だけで公的な関与が直ちに否定されるわけではない、という考え方が示されたことになります。

また、2021年の大法廷判決との関係も整理されました。あの判決は施設の存在そのものを否定したわけではなく、無償提供という便益の与え方を問題にしたものだった、という読み方が最高裁自身によって確認された形です。同じ施設をめぐる争いでありながら結論が分かれたのは、判断の対象となった行政の行為が違うからだ、ということになります。

ただし、これは那覇市のこの施設について、これまでに積み重ねられた個別の事情のもとで下された判断です。判決は「判示の事情の下では」という限定つきで結論を述べており、公有地上の宗教的施設が一般に許されると述べたものではありません。似たような事案があっても、施設の性格や自治体の関与の仕方が違えば、結論は変わりうると考えられます。

本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。

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