| 事件番号 | 令和5年(受)第927号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第二小法廷 |
| 判決日 | 2025-03-07 |
| 通称 | 静岡県警事件 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 交番長を務めていた警察官が自殺したのは過重な業務によるものか、上司に落ち度があったのかが争われました
- 二審は、公務災害の認定基準がいう「質的に過重な業務」に当たらないとして県の責任を否定しましたが、最高裁はこれを破棄し、県は賠償責任を負うと判断しました
- 認定基準は判断の手がかりにはなるものの、その要件を満たさないことだけを理由に責任を否定してはならない、という考え方が示されました
何があったのか
静岡県警察に平成15年4月に採用された警部補は、平成22年3月に下田警察署地域課に配属され、その後、同署中央交番の交番長として勤務していました。昭和55年生まれで、平成24年(2012年)3月10日に自ら命を絶っています。
中央交番の勤務は、3つの班に分かれた交替制でした。当直は午前9時から翌日午前9時まで(このうち合計8時間30分が仮眠を含む休憩時間)、その翌日が非番、さらに翌日が週休または日勤という繰り返しです。
自殺直前の時期には、交番長としての通常の業務に、次の仕事が重なっていました。
- 管内で平成23年4月頃から続いていた連続窃盗事件について、勤務時間外に自主的に行っていた見回り
- 平成24年2月5日に指名された職場実習指導員の業務。警察学校を出たばかりの実習生は原則として単独では職務を執行できず、同行指導が必要とされていました
- 3月の異動を見込んで、週休日などに出勤して進めていた引継書の作成
- オランダでの海外研修の準備。静岡県警察からの唯一の参加者に選ばれ、4時間程度の事前会合に3回参加したほか、英語で行うプレゼンテーションの準備にも当たっていました
時間外勤務の時間数は、自殺直前の1か月が112時間15分。その前の1か月は42時間38分でしたから、倍以上に跳ね上がっています。さらに遡ると60時間30分、72時間57分、81時間30分、23時間でした。
勤務の詰まり方も激しいものでした。2月11日から24日まで14日間の連続勤務、1日の週休を挟んで、2月26日から自殺当日の3月10日まで再び14日間の連続勤務。それぞれに拘束24時間の当直が5回ずつ含まれ、当直明けの非番の日にも平均5時間42分働いていました。
平成23年12月頃に受けたストレス診断では、総合評価が最低のE(かなり悪い)でした。本人は地域課長にその結果を伝えていますが、それによって何かの対応が取られることはありませんでした。遅くとも平成24年3月上旬には、うつ病エピソードを含む精神疾患を発症していたと認定されています。
亡くなった警部補の父母が、静岡県警察を置く静岡県を相手取り、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めたのがこの裁判です。
何が争われたのか
争点の中心にあったのは、公務災害の認定基準の扱いでした。
地方公務員が公務を原因として精神疾患を発症したかどうかを判断するために、地方公務員災害補償基金の理事長が各支部長宛てに出している通知があります。そこには、発症直前の1か月以上の長期間にわたって質的に過重な業務を行ったことなどにより、1か月あたりおおむね100時間以上の時間外勤務があったと認められる場合、という記述が置かれていました。
二審の広島高等裁判所(令和5年2月15日判決)は、交番長の業務に加わった見回り・実習指導・引継作業・研修準備をもってしても、この記述にいう「質的に過重な業務」を行ったとはいえないと判断しました。そこから、業務と自殺との間に相当因果関係があるとは認め難く、上司が自殺に至ることを予見できたともいい難いとして、県の賠償責任を否定しています。
つまり、認定基準への当てはめが結論を決めていました。認定基準の要件に該当しないことが、そのまま損害賠償責任の否定につながるのか。これが最高裁で問われた点です。
裁判所はどう判断したか
最高裁は、まず一般論を確認しました。使用者は、労働者に従事させる業務を定めて管理するにあたり、疲労や心理的負荷が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことのないよう注意する義務を負う——平成12年3月24日の最高裁判決が示した考え方です。都道府県と、その都道府県警察の警察官との間でも、これを別に解する理由はないとしました。
そのうえで、賠償責任の有無を判断するには警察官が従事した業務の諸般の事情を総合的に考慮すべきであり、認定基準に示された知見をしん酌することはできるけれども、「認定基準が示す要件に該当しないことをもって直ちに上記損害賠償責任が否定されるものではない」と述べています。ここが二審との分かれ目です。
当てはめでも、最高裁は二審と逆の結論に至りました。従前の業務に相当程度の負荷を伴う複数の業務が加わって業務量が大きく増えたこと、14日間の連続勤務を2回行い、その中に24時間拘束の当直が5回ずつ含まれ、当直明けの非番の日にも相当の時間働いていたこと。そうした勤務の態様からして、疲労や心理的負荷を相当程度蓄積させるものだった、と評価しています。発症したうつ病エピソードについて、業務のほかに寄与した事情はうかがわれない、とも指摘しました。
上司の側についても、判断は具体的です。複数の業務が加わったことを当然に把握できる立場にあり、交番の勤務日誌は回覧され、地域課長は時間外勤務実績報告書の提出も受けていた。ストレス診断が最低評価だったことも地域課長は知っていた。それにもかかわらず、負担を軽減するための具体的な措置は取られていませんでした。
結論として、最高裁は県が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うとし、原判決を破棄しました。裁判官全員一致の意見です。
ただし、この裁判はこれで終わりではありません。 破棄したうえで、損害とその額について審理を尽くさせるため、事件は広島高等裁判所に差し戻されています。県が責任を負うことは最高裁が判断しましたが、いくら支払うのかはこれから審理されます。
なお、三浦守裁判官の補足意見が付いています。公務災害の認定基準も労災の認定基準も、医学的知見に照らして一定の合理性はあるけれども、これらは法令が定めるものではなく、形式的に当てはめるべきものではない。「あくまでも、経験則上の一つの知見としてしん酌するというべきものである」という趣旨が述べられています。
この判決の意味
補償の制度と、賠償の責任は別のものだ、という整理が明確になりました。公務災害や労災の補償は、落ち度の有無を問わない危険責任の制度です。そこで使われる認定基準を、損害賠償責任があるかどうかの判断にそのまま持ち込むことはできない、という理屈です。
働く側から見ると、時間外勤務が月100時間に届いていないことをもって基準を下回っているから問題ないと扱う考え方が、最高裁の場で否定されたことになります。時間数は考慮される事情の一つですが、それだけで線が引かれるわけではない、という判断が示されました。
もう一つ、管理する側にとって重い意味を持つのは、予見可能性の認定のされ方です。この事案で最高裁が挙げたのは、勤務日誌、時間外勤務実績報告書、ストレス診断の結果という、いずれも組織の手元にあった情報でした。特別な調査をしなければ分からない事情ではなく、既にある記録から把握できたはずだ、という組み立てになっています。同じような記録を持ちながら活用していない職場では、似た事情があれば責任が認められる可能性があります。
自主的に行っていた見回りや、海外研修の準備といった、本来の担当業務からはみ出す仕事が、業務の負荷として正面から数え上げられている点も目を引きます。研修の準備については、判決が静岡県警察における業務に当たるものだったと明記しています。
その後・実務への影響
報道によれば、この警部補の妻子も別に訴訟を起こしており、二審の広島高等裁判所では、父母の訴訟と妻子の訴訟で県の責任について判断が食い違っていました。最高裁は同じ日に、妻子の訴訟についても県の責任を認める判断を示しています。分かれていた二審の判断が、最高裁で統一された形です。
父母の訴訟は差戻審が続きます。損害額がどう算定されるかは、これから広島高等裁判所で審理されることになります。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。