| 事件番号 | 令和5年(受)第1319号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所大法廷 |
| 判決日 | 2024-07-03 |
| 通称 | 旧優生保護法国家賠償訴訟 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 旧優生保護法にもとづいて不妊手術を受けた人とその配偶者が、国に損害賠償を求めた裁判です。手術から数十年がたっており、民法の定める期間が過ぎたことで請求権が消えたかどうかが争われました。
- 最高裁大法廷は、不妊手術を定めた規定は憲法13条・14条1項に違反するとしたうえで、国が期間の経過を理由に賠償を免れようとする主張は、信義則に反し権利の濫用として許されないと判断しました。
- 期間が過ぎれば例外なく請求権が消えるとしてきた1989年(平成元年)の最高裁判例が変更され、国の上告は退けられました。
何があったのか
優生保護法は1948年(昭和23年)に施行された法律です。制定時の目的規定には、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止することが掲げられていました。特定の病気や障害がある人、その配偶者や一定の範囲の親族に病気や障害がある人などを対象に、生殖を不能にする手術(不妊手術)を行うことを認めていました。
手術の中には、本人の同意を要件とするものと、都道府県の審査会の決定があれば行えるものがありました。判決によれば、1953年(昭和28年)の厚生事務次官通知は、審査を要件とする手術について、本人の意見に反しても行うことができ、やむを得ない限度で身体の拘束や麻酔薬の使用、欺罔(だますこと)なども許される場合があるとしていました。厚生省はその後も、手術の実施件数が計画を下回っているとして、実施を促す通知を出しています。
これらの規定は1996年(平成8年)に削除され、法律の名前も母体保護法に改められました。厚生労働省の資料では、この間に規定にもとづいて不妊手術を受けた人は約2万5000人とされています。
この裁判の原告は、聴覚障害のある夫婦2組と、脳性小児麻痺と診断されていた女性です。夫婦のケースでは、いずれも本人の母親の同意をもって本人の同意があったものとされ、1960年ごろと1968年ごろに手術が行われました。女性は1968年、審査会の決定にもとづく手術を受けました。
規定の削除後、国連の自由権規約委員会などから補償を求める勧告が繰り返されましたが、国は、法律にもとづいて適法に行われた手術について過去にさかのぼって補償することは考えていないという立場でした。原告らは2018年と2019年に提訴し、その後の2019年4月、一時金320万円を支給する法律が成立しました。ただし判決は、この法律は国に損害賠償責任があることを前提としたものではないと指摘しています。
何が争われたのか
大阪高等裁判所(原審)は、規定は違憲で、国会議員の立法行為は国家賠償法上違法だと判断し、原告らの請求を一部認めました。慰謝料は、手術を受けた夫婦の一方について各1300万円、その配偶者について各200万円、手術を受けた女性について1500万円としています。
国はこれを不服として上告しました。最大の争点は、判決当時の(2017年改正前の)民法724条後段が定める期間の扱いです。この規定は、不法行為の時から20年がたつと損害賠償請求権が消えるとするもので、最高裁は1989年の判決で、これを除斥期間(期間が過ぎれば権利が法律上当然に消えるもの)だと解していました。そのうえで、期間が過ぎた後に訴えが起こされた場合は、当事者が主張しなくても裁判所は請求権が消えたと判断すべきであり、国側の主張が信義則違反や権利の濫用だという反論は、そもそも成り立たないとしていたのです。
この考え方に従えば、手術から数十年後に起こされた本件の訴えは、中身を判断するまでもなく退けられることになります。
裁判所はどう判断したか
最高裁大法廷は、国の上告を棄却しました。裁判官全員一致の判断です。
規定は憲法13条・14条1項に違反する
最高裁は、憲法13条は自分の意思に反して身体への侵襲を受けない自由を保障しており、生殖能力を失わせる不妊手術を強制することはこの自由への重大な制約だとしました。そして、規定の目的は特定の障害などがある人を不良とみる優生上の見地に立つもので、立法当時の社会状況を考えても正当とはいえず、「個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反する」と述べました。
本人の同意を要件とする手術についても、そのような規定のもとで同意を求めること自体が許されず、同意が自由な意思によることを担保する仕組みもなかったとして、実質的には強制と変わらないと判断しています。また、特定の障害などがある人を手術の対象として区別することは、合理的な根拠のない差別的取扱いであり、憲法14条1項にも違反するとしました。
そのうえで、規定の内容が憲法上の権利を違法に侵害することは明白だったとして、国会議員の立法行為は国家賠償法1条1項の適用上違法だと判断しました。
国が期間の経過を主張することは許されない
次に最高裁は、期間の経過について検討しました。国は約48年にわたり国家の政策として手術を推進し、多くの人が重大な被害を受けたこと、法律の規定は憲法に適合していると国民に受け止められやすく、被害者の多くは権利行使に制約のある立場にあったと考えられること、規定の削除後も国が手術は適法で補償はしないという立場をとり続けたことなどを挙げました。
そして、訴えが期間経過後に起こされたという一事をもって国が責任を免れることは、「著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない」としました。
1989年の判例を変更
最高裁は、民法724条後段が除斥期間を定めたものだという点は維持しつつ、裁判所が期間経過による請求権の消滅を判断するには当事者の主張が必要だとしました。そのうえで、請求権が消えたとすることが著しく正義・公平に反する場合には、国などの主張を信義則違反・権利の濫用として退けることができると判断し、これと異なる1989年の判例などを変更しました。
本件については、国の主張は「信義則に反し、権利の濫用として許されない」と結論づけ、原審の判断を結論において是認しました。なお、原審は時効の停止に関する規定の趣旨などを手がかりに期間経過の効果を制限していましたが、最高裁は信義則・権利の濫用という別の理由で同じ結論に至っています。
この判決の意味
この判決は、法律そのものが憲法に違反し、国会がその法律を作ったこと自体が違法だと最高裁大法廷が認めた点で重い意味を持ちます。
また、20年の期間が過ぎれば例外なく請求権が消えるという、30年以上続いた判例が変更されました。ただし最高裁は、期間の主張が信義則違反や権利の濫用とされる場合は極めて限定されるとも述べています。国の政策による長期間・大規模な人権侵害という本件の事情を踏まえた判断であり、期間が過ぎた請求が広く認められるようになったと読むのは適切ではありません。
なお、民法724条後段は2017年の民法改正(2020年4月施行)で、20年の期間を消滅時効とする形に改められています。本判決は、改正前の規定が適用される事案についての判断です。
補足意見と意見も付されています。
その後・実務への影響
判決を受けて、2024年10月に、旧優生保護法にもとづく手術などを受けた人やその配偶者に補償金を支給する新たな法律が成立し、2025年1月17日に施行されました。こども家庭庁によれば、手術を受けた本人には1500万円、その配偶者には500万円の補償金などが支給され、請求期限は2030年1月16日までとされています。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。