| 事件番号 | 令和7年(さ)第1号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第二小法廷 |
| 判決日 | 2026-07-10 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 盗撮の未遂事件で、簡易裁判所が法律に定めのない科料40万円という刑を科し、そのまま確定した
- 最高裁は、この略式命令が法令に違反することを認め、科料刑で処断するとした部分を破棄した
- ただし科料は罰金より軽い刑なので、改めて罰金の判決を言い渡すことはしなかった
何があったのか
報道によると、事件は2024年10月、埼玉県内の駅で、男性がスマートフォンで他人の下着を撮影しようとしたというもの。撮影は未遂に終わり、男性は略式起訴された。
略式起訴は、公開の法廷を開かず書面だけで審理して、簡易裁判所が刑を言い渡す手続きである。刑事訴訟法では100万円以下の罰金または科料を科す場合に使え、被疑者が異議を述べないことが条件になる。軽い事件を短時間で処理するための仕組みだ。
所沢簡易裁判所は2025年8月22日、性的な姿態を撮影する行為等を処罰する法律(性的姿態撮影等処罰法)違反の未遂を認定し、男性を科料40万円に処する略式命令を出した。科料を納められないときは1日5000円換算で労役場に留置するとされた。この略式命令は同年9月10日に確定した。
ところが、この刑は法律のどこにも存在しない。判決が指摘するとおり、同法の未遂罪の法定刑は3年以下の懲役(報道によれば懲役は現在、拘禁刑に改められている)または300万円以下の罰金であって、科料の定めはない。加えて刑法は、科料を千円以上1万円未満と定めている。科料40万円は、刑の種類としても金額としても成り立たない。
確定した裁判に法令違反があったとき、検事総長が最高裁に是正を求められる制度が非常上告である。年に数件しかない手続きで、今回も検事総長が申し立てた。
何が争われたのか
科料が違法であること自体は、ほぼ争いようがない。問題はその先、最高裁が何をするかだった。
刑事訴訟法458条1号は、確定した裁判に法令違反があった場合、その違反した部分を破棄すると定める。そのうえで、ただし書に例外を置く。もとの裁判が被告人にとって不利益だったときは、破棄して改めて判決を言い渡す、という定めだ。
この違いは大きい。本文どまりなら、違法な部分が形のうえで取り除かれるにとどまる。ただし書まで進めば、最高裁が新しい刑を言い渡すことになる。今回でいえば、男性に罰金40万円が科されるかどうかが、ここで決まる。
争点は、科料40万円という違法な刑が、被告人にとって不利益といえるかどうかだった。
裁判所はどう判断したか
第二小法廷はまず、原略式命令の違法をはっきり認めた。
法定刑にない科料刑をもって被告人を処断すべきものとした点で、法令に違反している
そのうえで、ただし書にいう「原判決が被告人のため不利益であるとき」の意味を、1951年の判例を引きながら次のように示した。
正しい法令を適用して新たに言い渡すべき判決が、原判決より利益なことが法律上明白である場合
正しく法律を当てはめ直したら被告人にとって明らかに有利になる、という場合に限ってただし書を使う、という読み方である。
当てはめはこうなる。正しく言い渡すなら、原略式命令の刑などを考慮して罰金40万円が相当だった。しかし刑の重さの順序では、罰金刑より科料刑のほうが軽い。だとすれば科料とした原略式命令は、罰金の場合と比べて被告人に不利益とはいえない。よってただし書は適用しない——第二小法廷はそう結論づけた。
科料の額を40万円としたことも、労役場留置の換算を1日5000円としたことも違法ではあるが、これらは科料刑で処断するとした違反に伴って生じたものにとどまる、とも述べている。
結果として主文は、原略式命令のうち科料刑で処断するとした部分を破棄する、という一文だけになった。新しい刑は言い渡されていない。
この判決の意味
読みどころは、不利益かどうかを、実際に納める金額ではなく刑の種類で測った点にある。
科料40万円と罰金40万円は、納める額としては同じである。それでも刑法が定める刑の重さの順序では、罰金より科料が軽い。判決は、この法律上の軽重を基準にして、科料のままにしておくことは被告人の不利益にあたらないと判断した。
背景には、非常上告という制度の性格がある。有罪判決を受けた人を救うための再審とは違い、法令の解釈・適用の誤りを正すための手続きである。だからこそ原則は違法部分の破棄にとどまり、被告人に不利益な場合だけ、例外として新しい判決に進む形になっている。
似た誤りが起きたときに是正の結果がどこまで及ぶかは、刑の種類の法律上の軽重をどう比べるかで変わりうる、という考え方が示されたことになる。もっとも、どの点が問題になるかは事案ごとに異なるため、常に同じ結論になるとは限らない。
その後・実務への影響
報道によれば、今後の対応は検察が検討することになり、男性に刑罰が科されない可能性があるとされている。
略式手続は、書面だけで多くの事件を処理する仕組みである。それだけに、法定刑にない刑がそのまま確定するという誤りが、確定後まで気づかれないこともある。非常上告は年に数件という珍しい手続きだが、今回はその安全弁が働いた例といえる。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。