| 事件番号 | 令和8年(し)第770号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第二小法廷 |
| 判決日 | 2026-08-31 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 万引き(窃盗)で起訴された被告人の保釈がいったん認められたのに、検察官の不服申立てを受けた裁判所がそれを取り消した
- 最高裁は、まだ初公判が開かれていないという形式的な理由だけでは、保釈を認めた判断を覆す根拠にならないと判断した
- 保釈を許した裁判所の裁量判断を上の手続で覆すには、その判断が不合理であることを具体的に示す必要がある、という考え方が示された
何があったのか
被告人は、共犯者と共謀して岐阜県内の店舗でぬいぐるみ10点(販売価格合計3万4210円)を万引きしたとして、2026年4月9日に岐阜地方裁判所に起訴されました。これが「本件」です。
実はその前の2月20日、同じ共犯者と一緒に愛知県内の店舗で行った同種の窃盗2件についても、被告人は名古屋地方裁判所一宮支部に起訴されていました。決定文が「別件」と呼んでいるものです。
別件のほうは審理が先に進み、4月23日の第1回公判で被告人は事実をすべて認め、検察官が請求した証拠にも全部同意しました。証拠調べも行われ、次回の期日は6月17日と決まっていました。その後、本件は別件と併合されます。
ところが、検察官が他府県での余罪捜査を理由に期日の変更を求めたため、6月9日に公判期日が取り消されます。実際に余罪捜査は行われましたが、被告人が追加で起訴されることはなく、裁判所は7月29日、次の公判期日を9月16日と指定し直しました。当初6月に予定されていた審理が、3か月先へずれ込んだことになります。
その間、被告人の身柄は拘束されたままです。弁護人は7月30日、別件のうち勾留が続いていた事件について保釈を請求しました。いったん却下されたものの、名古屋高等裁判所は8月5日、保証金150万円を定めて保釈を認めました。
翌8月6日、弁護人は本件についても、事実関係を争わないことを明示したうえで保釈を請求します。保釈を審理した裁判所は、保証金150万円、被告人の実家を制限住居とし、共犯者との接触を禁止するといった条件を付けて、これを許可しました。
これに不服だったのが検察官です。検察官の申立て(準抗告)を受けた名古屋地方裁判所は、8月7日、保釈を認めた判断を取り消し、保釈請求を却下しました。この取消しに対して、被告人側が最高裁に特別抗告したのが本件です。
何が争われたのか
保釈には大きく2つの入り口があります。刑事訴訟法89条は、保釈の請求があったときは原則としてこれを許さなければならない、と定めています。これが権利としての保釈です。ただし同条は例外を並べており、たとえば3号(長期3年以上の刑にあたる罪を常習として犯した場合)、4号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある場合)、6号(氏名や住居が分からない場合)に当たると、権利としての保釈は認められません。
もっとも、そこで終わりではありません。同法90条は、逃亡や証拠隠滅のおそれの程度と、身柄拘束が続くことで被告人が受ける不利益とを考えて、裁判所の裁量で保釈を許すことができると定めています。これが裁量保釈です。
この事件では、被告人が共犯者と野宿生活をしながら換金目的の万引きを繰り返していたという事情から、89条3号・4号・6号に当たること自体は争われていません。争点は、裁量保釈を認めた判断を、検察官の不服申立てを受けた裁判所が取り消してよかったのか、という点でした。
保釈を認めた側は、(1)すでに認否が明らかになっている別件と一連のものとして行われた本件について、捜査段階で事実を認めている被告人が実効性のある証拠隠滅に及ぶ現実的な可能性は高くないこと、(2)前科がなく、保証金を用意した父親が身元を引き受け、被告人も監督に服すると誓約していて帰る場所も確保されていることから、逃亡のおそれも高くないことを理由にしていました。
これを取り消した側は、本件はまだ公判で認否が済んでいないのだから別件と同列には論じられない、として、裁量保釈を相当とする事情が見当たらないと述べていました。
裁判所はどう判断したか
最高裁は、取消し決定の理由付けが足りていないことを指摘しました。
本件が第1回公判期日前であるという形式的な理由を示すのみで
こう述べたうえで、被告人が実効的な証拠隠滅に及ぶおそれの程度が高いとみるべき実質的な理由が示されていないこと、保証金や制限住居などの条件では担保できないほど逃亡のおそれが高いとみるべき理由も示されていないことを挙げました。
そして、次のように結論づけています。
原決定は、裁量保釈を許可した原々審の上記判断が不合理であることを具体的に示したものとはいえない
その結果、保釈を認めた判断に裁量の逸脱があるとして取り消した決定には「刑訴法90条、426条の解釈適用を誤った違法があり」、これを取り消さなければ著しく正義に反する、と判断されました。最高裁は取消し決定を取り消し、検察官の準抗告を棄却しています。裁判官全員一致の意見です。
なお、被告人側が主張していた憲法違反の点については、実質は単なる法令違反の主張であって特別抗告の理由に当たらないとされました。最高裁が職権で判断に踏み込んだ、という形の決定です。
この判決の意味
保釈を認めるかどうかは、条文の形のうえでは裁判所の裁量に委ねられています。しかし裁量である以上、それを上の手続で覆すときには、元の判断のどこがどう不合理なのかを具体的に示さなければならない、という枠が示されたことになります。
とくに、まだ初公判が開かれていないから証拠隠滅のおそれを否定できない、という理由付けは、起訴直後の事件すべてに当てはまってしまいます。最高裁がこれを形式的な理由と呼んだのは、事件ごとの中身に踏み込んでいない、という指摘だと読めます。
この事件では、同じ共犯者との一連の万引きのうち、先に起訴された別件では被告人がすでに公判で事実を認め、証拠調べも終わっていました。にもかかわらず、検察官の余罪捜査を理由に期日が3か月先送りになり、身柄拘束だけが続いていた、という経緯があります。保釈を認めた判断はこうした審理の実際の状況を踏まえたものであり、それを覆すのであれば同じ水準の具体性が要る、という判断だといえます。
その後・実務への影響
この決定によって、保釈を許可した当初の裁判が効力を持つことになりました。ただしこれは身柄拘束を続けるかどうかについての判断であって、被告人が有罪か無罪かを決めたものではありません。窃盗の事実についての審理は、これからの公判で行われることになります。
同じような事情があるとき、身柄拘束をめぐる不服申立てでは、おそれが否定できないという言い方だけでは足りず、なぜその程度が高いといえるのかを具体的に示すことが求められる可能性があります。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。