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生活保護費の一律引下げを最高裁が違法とした理由

事件番号令和6年(行ヒ)第170号
裁判所最高裁判所第三小法廷
判決日2025-06-27
通称いのちのとりで裁判
出典裁判所ウェブサイトの判決文

3行でわかる判決

  • 2013年から2015年にかけて行われた生活保護費(生活扶助)の引下げが、違法かどうかが争われました
  • 最高裁は、物価の下落率だけを直接の指標にして一律に減額した部分について、厚生労働大臣の判断の過程に誤りがあったとして違法と判断し、減額の決定を取り消しました
  • ただし、国に賠償を命じた高裁の判断は破棄され、賠償請求のほうは認められませんでした
目次

何があったのか

生活保護のうち、日々の食費・被服費・光熱水費などにあてられる部分を「生活扶助」といいます。いくら支給するかは、厚生労働大臣が定める保護基準(1963年の厚生省告示)で決まっています。

厚生労働大臣は2013年から2015年にかけて、この生活扶助の基準を3年かけて段階的に引き下げました。引下げは、性質の違う2つの調整を組み合わせたものでした。

ひとつは「ゆがみ調整」です。専門家でつくる社会保障審議会の生活保護基準部会が2013年1月に公表した検証結果をもとに、年齢・世帯人員・地域ごとの基準額のバランスを組み替えるものでした。ただし厚生労働大臣は、検証結果をそのまま反映させず、その2分の1だけを反映させました(2分の1処理)。

もうひとつが「デフレ調整」です。こちらは基準額を一律に4.78%減らすもので、根拠とされたのは物価でした。総務省の消費者物価指数から、家賃・教育費・医療費など生活扶助でまかなわれない品目を除いて独自に計算し直した指数を作り、その2008年から2011年までの下落率が4.78%だったことを、そのまま基準額に反映させたのです。

愛知県内で生活扶助を受けていた人たちは、この改定を理由に支給額を減らす「保護変更決定」を受けました。そこで、決定をした市を相手にその取消しを求め、あわせて国に対しては国家賠償法に基づく損害賠償を求めて提訴しました。名古屋高裁は2023年11月30日、ゆがみ調整もデフレ調整もどちらも違法だとして、請求をすべて認めました。これに対し、市側と国側の双方が上告しました。

何が争われたのか

生活保護法3条は、保障される最低限度の生活は健康で文化的な水準を維持できるものでなければならないと定めています。もっとも「健康で文化的」がいくらなのかは、条文からは決まりません。実際にいくらにするかは、8条を通じて厚生労働大臣に委ねられています。

そのため争点は、「引下げは正しかったか」を裁判所が直接に採点することではなく、厚生労働大臣の裁量に逸脱・濫用があったか、そして裁判所はそれをどう審査するのか、という点になります。

前提として、基準の改定方式には長い経緯があります。1984年度以降は「水準均衡方式」、つまり一般国民の消費実態との均衡をとる方式が採られてきました。その出発点となった1983年の意見具申は、物価の扱いについてこう述べていたと判決は認定しています。

賃金や物価は、そのままでは消費水準を示すものではないので

つまり、物価は参考資料にとどめるべきものとされていた。ところが今回の引下げは、その物価の変動率だけを直接の指標にしていました。

裁判所はどう判断したか

最高裁はまず審査の枠組みを示しました。基準の中身が妥当かを裁判所が直接に判定するのではなく、改定に至る判断の過程と手続に「過誤、欠落」がないか、統計などの客観的な数値との合理的な関連性や、専門的知見との整合性があるかを審査する、という立て方です。

そのうえで、2つの調整を分けて判断しました。

ゆがみ調整については、違法とはいえないとしました。 検証結果をそのまま反映すると子どものいる世帯の減額幅が大きくなること、検証手法には統計上の限界があると報告書自身が指摘していたこと、5年ごとに検証し直せることなどから、反映を2分の1にとどめたことにも一定の合理性があるとしています。専門家の部会に諮らずに決めた点についても、法令上そうした手続が義務づけられているわけではないとして、過誤があったとは認めませんでした。

他方、デフレ調整については違法としました。 物価が動けば消費行動にも影響は及ぶけれども、物価はあくまで消費と関連する要素のひとつにすぎない、と最高裁は述べます。

物価変動が直ちに同程度の消費水準の変動をもたらすものとはいえない

そうである以上、それまで消費実態を軸にしてきた基準を、物価変動率だけを直接の指標にして改定するのであれば、なぜそれで合理的といえるのかについて、専門的知見に基づく十分な説明が要る。ところが国の説明は、過去の中間取りまとめで消費者物価指数を指標のひとつとすることも考えられるとされていた、という程度にとどまり、専門家の部会などによる審議検討も経ていない。ここに判断の過程・手続の誤りがある、というのが結論です。

なお、改定後の2017年に、改定後の基準額と一般低所得世帯の支出はおおむね均衡していると評価する報告書が出ていました。最高裁はこれについても、一律に4.78%も減らす影響の大きさを考えれば、後から出た検証結果によって先の評価が左右されることはないとしています。

その結果、この改定は生活保護法3条・8条2項に違反して違法とされ、減額の決定を取り消した高裁の結論は維持されました(市側の上告は棄却)。

一方で、国に対する賠償請求は認められませんでした。 行政の処分が違法であることと、国家賠償法上の違法があることは別だ、というのが最高裁の立場です。賠償が認められるのは、次のように評価できる事情がある場合に限られるとしました。

職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と

そして、改定当時に基準の水準と一般国民の生活水準の間に不均衡が生じていると判断したこと自体は不合理とはいえないこと、物価変動率を指標のひとつとして用いること自体が直ちに許されないわけではないことなどから、そこまでの事情はないと判断しました。賠償を認めた高裁の判断は破棄されています。

この結論には、宇賀克也裁判官の反対意見(2分の1処理と国家賠償の部分について)と、林道晴裁判官の補足意見が付いています。

この判決の意味

読みどころは、最高裁が「いくらが適正か」に踏み込んでいないことです。判断されたのは、基準を決める側が、決め方を変えるときにどれだけ説明できていたかでした。

長く使われてきた方式から別の指標へ切り替えるなら、その切り替えが合理的であることを専門的知見に基づいて説明する必要がある——この枠組みは、生活保護に限らず、専門的・政策的な裁量が認められている行政の決定一般に通じます。結論の当否ではなく過程と説明責任を審査する、という形が具体的に示された例といえます。

もうひとつは、違法だと認められることと、お金を賠償してもらえることが別だという点です。処分の取消しは認められても、国家賠償には別の、より高いハードルが置かれている。今回はその差がはっきり出た事案でした。

その後・実務への影響

同じ日に、第三小法廷は同種の別訴訟(令和5年(行ヒ)第397号・第398号)についても判決を言い渡しています。全国で起こされた一連の訴訟は、報道では「いのちのとりで裁判」と呼ばれてきました。報道では、最高裁が生活扶助基準の引下げを違法としたのはこれが初めてと伝えられています。

判決を受けて、国は訴訟の原告かどうかにかかわらず差額を追加給付する方針を決めました。厚生労働省と各自治体の案内によると、対象は原則として2013年8月1日から2018年9月30日までの間に生活保護を受給したことがある世帯で、申出の受付期間は2026年8月1日から2027年7月31日までとされています。現在も受給している場合は手続きが要らず、すでに受給を終えている場合は申出が必要とされています。詳しくは、お住まいの自治体の福祉事務所や厚生労働省の案内で確認してください。

本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。

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