| 事件番号 | 令和4年(あ)第125号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第一小法廷 |
| 判決日 | 2023-09-11 |
| 通称 | 加茂生コン事件 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 労働組合の組合員らが、仲間の子どもの保育所利用に必要な就労証明書を書くよう会社の取締役に繰り返し迫ったことが、強要未遂罪に当たるかが争われました。
- 最高裁は、会社には就労証明書を作る義務があったと認めつつ、義務のあることを求める場合でも、手段が脅迫で限度を超えれば強要罪が成立し得るとしました。
- そのうえで、1審の有罪判断を覆した高裁判決は検討が足りないとして破棄し、大阪高裁に審理を差し戻しました。最高裁自身が有罪・無罪を決めたわけではありません。
何があったのか
舞台は京都府木津川市の生コンクリート運搬会社です。ある男性は、遅くとも平成24年1月頃からこの会社の日雇運転手としてミキサー車に乗っていました。共働きで子どもを市の保育所に預けており、平成25年から平成28年までは毎年、会社が作った就労証明書を市に提出していました。
男性が労働組合に加入して数か月後の平成29年10月、組合は男性の処遇などについて会社に団体交渉を申し入れます。翌11月、会社の取締役は、近く自主廃業する予定だと組合側に伝えました。
同じ頃、男性は翌年度の保育所利用を続けるため、提出期限が11月29日とされた就労証明書の作成を会社に頼みました。しかし取締役は、年内で廃業するから出せないとして用紙を返します。相談を受けた組合員が市の担当課に確認すると、現に働いているなら就労証明書が必要だという説明でした。取締役も市に問い合わせ、廃業予定でも現在就労しているなら証明してほしいと言われています。
ここから組合側の要求が続きます。判決が認定した経過はおおむね次のとおりです。
- 11月27日、組合員らが事務所を訪れて作成を求めている最中に、取締役が高血圧緊急症を発症して体調を崩した。組合員らは救急車が到着した後も含めて約10分間、書くよう求め続けた
- 11月28日、男性は市の提案で自分の申立書を出し、保育所利用の手続自体は進むことになった
- 11月29日、30日、12月1日にも組合員らが事務所を訪れ、作成を求めた
- 12月2日以降、10人近くの組合員が事務所の周辺に集まり、従業員らの動きを監視した
- 12月4日、組合の執行委員らが事務所で怒号し、用紙を机にたたき付けるなどした
取締役は最後まで応じませんでした。組合の執行委員と組合員の2人が、脅して義務のないことをさせようとしたとして、強要未遂罪で起訴されました。
なお、この事件は、関西の生コン業界の労働組合をめぐる一連の刑事事件の一つとして報じられており、加茂生コン事件と呼ばれることがあります。
何が争われたのか
強要罪は、脅迫や暴行によって、人に義務のないことを行わせた場合などに成立する犯罪です。そこで、会社に就労証明書を作る義務があったのかどうかがまず問題になりました。
1審は、会社にそのような義務は無いとしたうえで、体調不良の後も続いた要求や、連日の訪問と監視が脅迫に当たると認め、2人を有罪としました。判決当時の刑で、執行委員が懲役1年、組合員が懲役8月、いずれも執行猶予3年です。
これに対し2審の大阪高裁は、会社には就労証明書を作る社会生活上の義務があったと判断しました。そして1審を破棄し、執行委員については12月4日の怒号に関する脅迫罪だけを認めて罰金30万円とし、組合員は無罪としました。
検察官と執行委員側の双方が上告し、最高裁では、高裁による1審判決の覆し方が適切だったのかが焦点になりました。
裁判所はどう判断したか
最高裁の判断は、3つの段階に分けて読めます。
1. 会社には就労証明書を作る義務があった
最高裁は、会社は日雇運転手として雇っていた男性に対し、「労働契約に付随する義務として」就労証明書を作成・交付すべき信義則上の義務を負っていたと認めました。男性の申立書が市に受け付けられた後も、この義務に変わりは無いとしています。義務は無いとした1審の認定が誤りだという点では、高裁の指摘は是認できるとされました。
ここでいう就労証明書は、判決当時の子ども・子育て支援法に基づいて市に提出する書類として扱われています。
2. それでも強要罪は成立し得る
しかし最高裁は、義務があったことだけでは結論は出ないとしました。人に義務の履行を求める場合であっても、手段として脅迫が用いられ、次のような場合には罪になり得るという考え方です。
その脅迫が社会通念上受忍すべき限度を超える場合には、強要罪が成立し得る
つまり、相手に義務があったかどうかと、求め方が許される範囲に収まっていたかどうかは、別々に検討しなければならないということです。
3. 高裁は1審の認定が不合理だと示せていない
控訴審が1審の事実認定を誤りだとして覆すには、その認定が論理則・経験則などに照らして不合理であることを示す必要がある、というのが従来からの最高裁の立場です。
最高裁は、高裁の説明がこの水準に届いていないとしました。たとえば高裁は、取締役の体調不良について組合員らが仮病を疑ったのは無理もないとしましたが、最高裁は、仮病を疑ったとしても体調不良を認識していなかったことにはならないと指摘しています。連日の訪問についての高裁の評価も、1審とは「別の見方もあり得ることを指摘しているにすぎず」、1審の認定が不合理だと示したものではないとされました。監視の目的についても、廃業の監視と、就労証明書に向けた圧力とは両立し得るのに、後者を認めた1審を不合理とする根拠が示されていないとしています。
結論として最高裁は、高裁判決には刑事訴訟法382条の解釈適用を誤った違法があるとして、裁判官全員一致で破棄し、事件を大阪高裁に差し戻しました。
この判決の意味
この判決から読み取れるのは、次の2点です。
1つめは、会社が従業員の保育所利用のための就労証明書を作ることについて、最高裁がこの事案で、労働契約に付随する信義則上の義務を認めたことです。日雇いという働き方で、しかも会社が廃業を予定していた場面での判断でした。もっとも、これはこの事件の事実関係を前提にした判断であり、どのような雇用関係でも同じ結論になると述べたものではありません。
2つめは、正当な要求であっても、求め方によっては犯罪になり得るという考え方が示されたことです。相手に応じる義務があるからといって、どのような手段でも許されるわけではない、という整理です。ただし最高裁は、この事件の組合員らの行為が実際に限度を超えていたかどうかについては判断していません。その検討を高裁にやり直させたのがこの判決です。
その後・実務への影響
報道によると、差戻し後の大阪高裁は2025年4月17日に判決を言い渡しました。会社に就労証明書を作成する義務があったことを前提に、一部の言動は社会通念上受忍すべき限度を超えていたとして、執行委員に懲役6か月・執行猶予3年を言い渡し、組合員は無罪としました。
その後、組合員の無罪は確定し、執行委員側は上告したと2025年5月に報じられています。執行委員についてのその後の結論は、本記事の執筆時点では確認できていません。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。