| 事件番号 | 令和5年(行ヒ)第276号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第一小法廷 |
| 判決日 | 2025-07-17 |
| 通称 | 天海訴訟 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 重い障害のある人が65歳を迎え、それまでと同じ内容の障害福祉サービスを申請したところ、市は、介護保険の要介護認定を受けていない以上は支給量を計算できないとして、これを却下した
- 東京高裁はこの却下を違法としたが、最高裁は、介護保険が優先するという法律の建て付けを前提にすると、高裁は審理すべきことを審理していないとして、判断のやり直しを命じた
- 65歳を境に障害福祉から介護保険へ移る場面で、市町村の判断をどう審査するかの枠組みが示された
何があったのか
この人は、両下肢の機能の全廃と両上肢の機能の著しい障害により、1級の身体障害者手帳の交付を受けていました。世帯の全員が市町村民税を課されない、いわゆる非課税世帯です。障害程度区分4(平成26年4月1日以降は障害支援区分4)の認定を受け、障害者総合支援法にもとづく居宅介護を利用してきました。
直前の支給決定は平成25年12月のもので、身体介護が月45時間、家事援助が月25時間、有効期間は平成26年1月1日から同年7月31日まででした。非課税世帯であるため、このサービスに利用者負担は生じません。
平成26年7月8日、この人は市に対し、期間満了後も同じ種類・同じ量のサービスを求めて申請します。しかし同じ月に65歳の誕生日を迎えることになっていました。65歳になると介護保険の対象になり、介護保険の訪問介護を使えば、所得にかかわらず一定の利用者負担が生じます。市は要介護認定の申請をするよう勧めましたが、この人は申請しませんでした。
そして平成26年8月1日、市は申請を却下します。理由は、年齢と身体の状況からして介護保険の訪問介護を受けられることは明らかなので、障害福祉サービスとの調整が必要になるが、要介護認定の申請がない以上、介護保険で受けられるサービスの量も、それでは足りない分の支給量も計算できない、というものでした。
この人はその後、同年9月3日に要介護認定の申請と障害福祉サービスの申請をし、10月16日に要介護1の認定を受けます。11月6日に出た支給決定は、身体介護が月10時間、家事援助が月7時間30分でした。そのうえで、8月の却下処分の取消しと支給決定の義務付け、さらに国家賠償を求めて訴えを起こしました。報道では天海訴訟と呼ばれている事件です。
何が争われたのか
障害者総合支援法7条と、その委任を受けた施行令2条は、障害福祉サービス(自立支援給付)について、介護保険の給付のうち同じ内容にあたるものを受けられるときは、その受けられる範囲では行わない、と定めています。障害福祉と介護保険が重なる部分は介護保険が先に立つ、という仕組みです。
争点は、要介護認定の申請をしていないことを理由に障害福祉サービスの申請を却下した市の判断を、裁判所がどのような物差しで審査するか、という点でした。
原審の東京高裁は、収入の面から見た不公平に注目しました。市は当時、一定の条件を満たす世帯の障害者について介護保険の利用者負担を全額補助する事業を実施していたのに、それよりも収入の低い非課税世帯であるこの人は、その補助を受けられない。市はこの不均衡を避ける措置をとるべきだったのにとらなかったのだから、裁量権の行使を誤った違法がある。そう述べて、却下処分の取消しと支給決定の義務付けを認め、損害賠償も一部認めました。
裁判所はどう判断したか
最高裁第一小法廷は、令和7年7月17日、裁判官全員一致で、原判決のうち市が敗けた部分を破棄し、東京高裁に差し戻しました。
出発点は、支給量の判断が市町村の合理的な裁量に委ねられている、という理解です。法律は勘案すべき事項を並べるだけで支給量の基準を定めておらず、本人の心身の状況だけでなく置かれた環境やサービスの提供体制まで総合的に見る必要があるから、というのがその理由でした。
そのうえで最高裁は、7条と施行令2条について、要介護認定の申請や認定があったかどうかにかかわらず、
その限度において介護給付が優先され、自立支援給付が行われないこと(介護保険優先の原則)
を明らかにしたものだと述べます。介護保険で受けられる量を計算する必要があるのに計算できないなら、障害福祉サービスの支給量も決められないことになる、という筋道です。
では、この事案で計算する必要が本当にあったのか。最高裁は、障害福祉の居宅介護と介護保険の訪問介護を条文に沿って比べ、
サービスの内容や機能において、居宅介護とおおむね重なり合う
と評価しました。そして、要介護認定を経なければ要介護状態区分が決まらず、区分が決まらなければ介護保険で受けられる量も定まらないこと、認定の申請がないのに市町村が独自に調査することは法令が予定していないことを指摘します。
ただし最高裁は、そこで話を終わらせていません。たとえば近くに使える訪問介護の事業所がないといった具体的な事情があれば、要介護認定を経なくても量を計算できる場合がありうる、と述べます。だから、市の判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くかどうかを判断するには、本人の心身の状況や置かれた環境を踏まえて、
要介護状態区分の認定を経ることなくその量を算定することができるというべき事情
があるかどうかを考える必要がある、というのです。
一方、高裁が持ち出した不公平の議論については、介護保険の利用者負担が生じること自体は法令が当然に予定していることであり、補助事業を実施しているかどうかで左右されるものではないとしました。加えて、補助の必要性は市町村民税の基準となる所得額だけでなく、そこに算入されない収入や資産、世帯構成などにも左右されるのだから、非課税世帯と補助対象の世帯との間に直ちに不均衡が生じるとはいえないとも述べています。
つまり最高裁は、高裁が審査の物差しを取り違えた結果、本来調べるべきことを調べていないと判断したことになります。
この判決の意味
注意したいのは、最高裁が「市の却下は適法だった」と決着させたわけではない点です。差し戻された東京高裁が、改めて審理します。
そのうえで、この判決には二つの意味があります。ひとつは、65歳を境に障害福祉サービスが介護保険に切り替わる場面で、最高裁が介護保険優先の原則を正面から前提としたこと。報道では、この点についての初めての判断だと伝えられています。
もうひとつは、それでも入口が完全に閉じられたわけではないことです。最高裁は、要介護認定を経なくても量を計算できる場合がありうると明示し、その有無を個別の事情に即して調べるよう求めました。65歳問題と呼ばれてきたこの場面で、争い方の的は、世帯間の不公平があるかどうかではなく、量を計算できないとした市町村の判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くかどうかへと整理されたといえます。
同じように65歳で障害福祉サービスの扱いが変わった人にとって、置かれた環境の具体的な事情を示すことが意味を持つ場面がある、という読み方はできるでしょう。
その後・実務への影響
差戻しを受けた東京高等裁判所で改めて審理が行われますが、本記事の執筆時点で、その結論は公表されていません。
なお、この判決が判断したのは、却下処分が行われた平成26年(2014年)当時の障害者総合支援法および同法施行令にもとづく処分の適法性です。条文はその後に改正されていますが、介護保険優先の原則を定める同法7条の仕組み自体は現在も置かれています。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。