| 事件番号 | 令和5年(受)第2245号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第三小法廷 |
| 判決日 | 2026-01-20 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 依頼者から預かったお金を管理する弁護士の口座が、その弁護士自身への強制執行で差し押さえられ、弁護士が、信託されたお金だから差し押さえられないと争った
- 最高裁は、分けて管理しているというだけでは信託契約が成立したという主張があったことにならず、また、信託財産かどうかは差押えの時点ではなく審理が終わる時点を基準に判断する、と示した
- 弁護士の請求を認めた高裁判決は破棄され、審理は東京高等裁判所に差し戻された(結論はまだ出ていない)
何があったのか
ある弁護士は、仕事に関して依頼者から預かるお金を管理するために、銀行に専用の普通預金口座を開いていた。判決文で「預り金口座」と呼ばれるものだ。
一方でこの弁護士は、婚姻費用の分担金を支払うよう命じる審判を受けていた。婚姻費用とは、夫婦の生活費として一方が他方に支払うお金のことをいう。
支払を受ける立場の相手方は、この審判を根拠に、令和4年8月と同年11月の2回にわたって、弁護士が銀行に対して持つ預金債権の差押えを申し立てた。そして差押命令が出た。差し押さえられたのが、この預り金口座の預金だった。
差押えの時点で、この口座のお金は全額が依頼者からの預り金を元にしたものだった。弁護士は、自分の報酬を受け取るための口座を別に開くなどして、預り金を自分の財産と分けて管理していた。
そこで弁護士は、依頼者から預かったお金は当然に信託財産になる、したがってこの預金も信託財産であって、自分個人の債務のために差し押さえることはできない、と主張した。信託財産に対する差押えに異議を述べる訴え(信託法23条5項の異議の訴え)を起こし、強制執行を許さないよう求めたのが、この裁判である。
弁護士は、信託契約の具体的な中身については、弁護士として職務上知った秘密を守る義務があるので明らかにする必要はない、とも主張していた。
何が争われたのか
争点は2つあった。
1つは、依頼者からの預り金を分けて管理しているという主張だけで、信託契約が成立したことを主張したといえるのか。差押えをした側は、契約の中身が何も主張されていない以上、信託契約が成立していたとはいえないと反論した。加えて、仮に成立していたとしても、差押えの後に弁護士が日本弁護士連合会から業務停止2月の懲戒処分を受けて信託が終了しており、この預金はすでに弁護士個人の財産になっている、とも主張した。
もう1つは、信託財産かどうかを判断する時点はいつか。差押えがされた時点なのか、それとも裁判の審理が終わる時点なのか。差押えの後に事情が変わった場合、この違いが結論を分ける。
原審の東京高等裁判所は、依頼者からの預り金が弁護士自身の財産と分けて管理されている限り、その預り金を信託財産とする信託契約が成立していたといえる、と判断した。判断の基準時も差押えの時点だとして、その後に懲戒処分で信託が終了していても結論は変わらないとし、弁護士の請求を認めた。
裁判所はどう判断したか
最高裁第三小法廷は、原審の判断はいずれも是認できないとした。
第1に、信託契約の成立について。 信託契約は、財産を一定の目的に従って管理・処分することを内容とする契約であり、その「目的」についての合意があって初めて成立する。訴訟でこの点が争われている場合に、合意の成立が主張されたといえるためには、双方が主張立証を尽くせるように争点が適切に設定されているか、といった観点から見て、事案に応じて具体的に主張されている必要がある——最高裁はそう述べた。
この事件では、差押えをした側が信託の目的をはじめとする契約の具体的な中身を明らかにするよう求めているのに、弁護士は明らかにする必要はないとして、預り金を預かった目的について具体的な主張をしていなかった。提出された帳簿や通帳の一部を見ても、その目的は分からない。そのため相手方は、合意が成立したかどうかについて主張立証を尽くすことが著しく困難な状態に陥っていた。
最高裁は、弁護士が秘密を守る義務を負っていることを考慮しても、この事案では「信託の目的についての合意が成立したことの主張があるとはいえない」と判断した。
第2に、判断の基準時について。 差押えの後にその預金が受託者個人の財産になったのであれば、異議の主張は認められなくなるのであって、差押えの時点で信託財産だったことを理由に異議が認められることにはならない。通常の民事訴訟と別に扱うべき根拠となる規定も見当たらない。したがって、信託財産に属するかどうかは「事実審の口頭弁論終結時を基準として判断されるべきものである」とした。
原判決は破棄され、審理は東京高等裁判所に差し戻された。裁判官全員一致の意見である。
この判決の意味
差戻しなので、この預り金口座が信託財産にあたるかどうかは、まだ決着していない。最高裁が決めたのは、その争い方のルールである。
示されたのは、預り金だ、分けて管理している、というだけでは足りない、という点だ。何のために預かったお金なのかを、事案に応じて具体的に主張する必要がある。分けて管理しているという事実だけから信託契約の成立を導いた原審の判断は、ここで否定されている。
もっとも、弁護士が依頼者の秘密を守る義務との緊張は残る。この点について、林道晴・平木正洋両裁判官は補足意見で、必要以上に詳細な主張立証を強いられる事態になるのも相当ではないとして、差戻審に対し、「マスキングや仮名処理をしたものを証拠として提出させたり」、委任の内容を適宜抽象化させて主張させたりといった、審理の進め方の工夫を求めている。
また、沖野眞已裁判官は意見のなかで、分けて管理しているという実態だけを信託契約の成立と結び付けるのは相当でないとし、預かった目的以外にそのお金を使えないことが実効的に確保される仕組みについても合意があったことが明らかにされる必要がある、という考え方を示している。同意見は、日本弁護士連合会の弁護士職務基本規程や、預り金等の取扱いに関する規程が、そうした仕組みを提供するものと評価できると述べている。ただしこれは個別意見であって、法廷の結論そのものではない。
その後・実務への影響
判決の直接の効果は、東京高等裁判所での審理のやり直しである。差戻審では、信託契約が成立していたといえるのか、成立していたとして、その後に信託が終了するなどして預金が弁護士個人の財産になっていないか、が改めて審理されることになる。
より一般には、他人から預かったお金を自分名義の口座で管理している人が、自分自身の債務で口座を差し押さえられたときに、預かっているだけのお金だと言うだけでは通らない可能性がある、ということを示した判決といえる。逆に、家族への支払いなどを求めて相手の口座を差し押さえた側から見れば、口座の中身が他人のものだと言われたときに、その根拠を具体的に示すよう求めていける、ということでもある。
なお、この判決は判決当時の信託法・民事執行法に基づく判断である。実際の場面でどう扱われるかは、事情によって変わりうる。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。