| 事件番号 | 令和4年(受)第648号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第一小法廷 |
| 判決日 | 2023-10-16 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 交通事故で亡くなった人の遺族が、被害者自身の自動車保険(人身傷害保険)から先に受け取ったお金を、加害者に請求できる賠償額からいくら差し引くのかが争われました。
- 最高裁は、最初に支払われた3000万円は人身傷害保険金として支払われたものだと判断し、全額を差し引いた高裁の判決を改めました。
- 一方、あとから追加で支払われた3000万円は自賠責保険の立替払いだとして、全額の差し引きを認めています。
何があったのか
平成28年(2016年)5月2日、車道上に横たわっていた人が乗用車にひかれ、その約8分後、同じ場所で別の乗用車にもひかれて、その後亡くなりました。遺族である配偶者と3人の子が、2台の車の運転者に損害賠償を求めたのがこの裁判です。裁判では、亡くなった被害者の側にも3割の過失があったとされています。
被害者は生前、自分の自動車保険に人身傷害保険を付けていました。人身傷害保険は、事故でけがをしたり亡くなったりしたときに、自分が契約している保険会社から保険金を受け取れる仕組みです。この契約の保険金額の上限は3000万円でした。
保険会社から遺族への支払いは、次の順で行われました。
- 平成28年12月までに、合計3000万円を支払う。この支払いに先立ち、配偶者が「仮協定書」という書面を保険会社に差し入れていました。
- 保険会社が、1台目の車の自賠責保険から3000万円を受け取る。
- 平成29年11月、保険会社が遺族に追加で3000万円を支払う。
- 保険会社が、2台目の車の自賠責保険から3000万円を受け取る。
遺族が受け取ったのは合計6000万円で、保険会社が2つの自賠責保険から回収した額も合計6000万円です。保険会社は内部的には、支払いの全額を自賠責保険の立替払いとして処理していました。
何が争われたのか
争点は、遺族が受け取った6000万円を、加害者に請求できる賠償額からいくら差し引くかです。同じお金でも、どういう趣旨の支払いだったかによって、差し引かれる額が大きく変わります。
自賠責保険の立替払いだった場合。 自賠責保険は加害者側の保険で、そこから支払われるお金は賠償そのものです。したがって、受け取った額はそのまま賠償額から差し引かれます。
人身傷害保険金だった場合。 この事案の約款では、保険会社が遺族に代わって加害者に請求できるようになる(保険代位といいます)のは、「受け取った保険金」と「過失相殺をした後の賠償請求額」を足した額が、「過失相殺をする前の損害額」を上回る部分に限られていました。言いかえると、保険金はまず、被害者側の過失を理由に加害者には請求できない部分の穴埋めに回ります。遺族の賠償請求額が減るのは、それでも余った分だけです。
被害者側に過失があるこの事案では、後者と扱われるほうが遺族の手元に残る額が多くなります。
原審の東京高等裁判所は、支払いの合計が人身傷害保険の上限を超えていること、保険会社が自賠責保険から同額を回収していること、保険会社の内部処理などを理由に、6000万円はすべて自賠責保険の立替払いだったと判断しました。その結果、認められた額は配偶者について約358万円、子について各約105万円(いずれも遅延損害金を除く)にとどまりました。
裁判所はどう判断したか
最高裁は、6000万円を「最初の3000万円」と「追加の3000万円」に分けて考えました。
最初の3000万円は人身傷害保険金
最高裁はまず、この約款のもとで、保険会社が支払義務を負う保険金額に相当する額を支払った場合の考え方を示しました。保険会社と遺族のあいだに、自賠責保険の分も含めて保険会社がまとめて支払うという合意(判決は「人傷一括払合意」と呼んでいます)があったとしても、特段の事情がないかぎり、支払われたお金は全額が人身傷害保険金だというものです。
理由として最高裁が挙げたのは、受け取る側の受け止め方です。保険会社が支払義務を負っている額が支払われたのなら、受け取る側としては
人身傷害保険金が支払われたものと理解するのが通常
だと述べました。まとめて支払う合意があったというだけで、そこに自賠責保険の分が含まれているとみるのは不自然で不合理だ、というのが最高裁の見方です。加えて、自賠責保険の分が含まれていると考えると、受け取る側に不利益が生じうることも考慮し、次のように結論づけています。
人身傷害保険金として支払われたものと解するのが当事者の合理的意思に合致する
そして、あとから追加の支払いがあって合計が保険金額の上限を超えたとしても、最初に支払われた分の性質は変わらないとしました。
配偶者が差し入れていた仮協定書には、支払われる保険金が自賠責保険の保険金額を含むことや、加害者に対する賠償請求権が保険金の額を限度に保険会社へ移ることを承認する、といった記載がありました。しかし最高裁は、これらは約款に定められた保険代位を承認する趣旨の記載と読むのが相当であり、自賠責保険の立替払いであると確認したり合意したりする趣旨までは含まないと判断しました。保険会社が自賠責保険から同額を回収したことや内部処理の状況を踏まえても、特段の事情があるとはいえないとしています。
追加の3000万円は自賠責保険の立替払い
他方、保険会社は保険金額の上限を超えて人身傷害保険金を支払う義務を負いません。そのため、追加の3000万円が人身傷害保険金でないことは明らかで、この事案の事実関係のもとでは自賠責保険の立替払いにあたるとされました。この部分は全額を賠償額から差し引くことができ、原審の判断がそのまま維持されています。
結論
最高裁は事件を高裁に差し戻さず、自ら金額を計算し直しました。たとえば配偶者の場合、最初に受け取った1500万円のうち、賠償請求額から差し引かれたのは約152万円にとどまります。最終的に、運転者らが連帯して支払うべき額は、配偶者について約1901万円、子について各約614万円(いずれも弁護士費用相当額を含み、遅延損害金を除く)とされました。遺族の請求のうち、これを超える部分は棄却されています。裁判官5人の全員一致の判断です。
この判決の意味
この事案では、被害者側の保険会社が遺族にお金を支払い、あとで加害者側の自賠責保険から同じ額を回収していました。この判決は、そうした経過があった場合でも、支払われたお金の性質を、保険会社の内部処理や事後の回収額からではなく、約款の内容と受け取った側の通常の理解から判断する姿勢を示したものといえます。判決は、同じ第一小法廷が令和4年(2022年)3月24日に言い渡した判決を参照しており、その考え方に沿った判断と位置づけられます。
ただし、読むうえで注意したい点があります。
第一に、遺族の主張がすべて通ったわけではありません。追加の3000万円については原審の判断が維持されており、結論は高裁判決の一部変更です。
第二に、これはこの事案の約款と書面の記載を前提にした判断です。最高裁自身、支払いの趣旨について別に考えるべき特段の事情があれば結論が変わりうることを認めています。契約している保険の約款や、支払いの際に取り交わした書面の内容が違えば、同じ結論になるとは限りません。
第三に、この判決は判決当時の法令と、平成28年の事故当時の契約内容に基づく判断です。
交通事故で自分の保険から先にお金を受け取ると、その支払いがどういう趣旨のものと扱われるかによって、あとで相手に請求できる額が変わることがあります。この判決は、その線引きが実際に争われ、結論を大きく左右した一例です。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。