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「解除できない」と定めた信託契約は、本当に解除できないのか

事件番号令和6年(許)第30号
裁判所最高裁判所第三小法廷
判決日2026-06-17
出典裁判所ウェブサイトの判決文

3行でわかる決定

  • 財産を預けた本人(委託者兼受益者)が信託を途中で終わらせられない、と定めた信託契約の条項が有効かどうかが争われた
  • 最高裁は、そうした条項は置きさえすれば有効になるわけではなく、信託の目的を達成するために合理的に必要と認められて初めて効力を持つ、という枠組みを示した
  • 条項を有効と認めた東京高裁の判断は破棄され、審理は高裁に差し戻された。結論はまだ出ていない
目次

何があったのか

ある人が、香港の会社の株式を保有していました。平成29年5月23日、その人は兄との間で信託契約を結びます。自分が委託者(財産を預ける人)であり受益者(利益を受け取る人)でもあり、兄が受託者(財産を預かって管理する人)という形です。信託財産として、保有していた株式を兄に譲り渡しました。

契約には、会社の価値の毀損を防ぎ、会社の利益の最大化を図ることを目的とする、と書かれていました。信託の期間は30年。そして、委託者兼受益者は信託の期間中この契約を解除することができない、とする条項が置かれていました。

その約3年後、令和2年8月26日と9月15日、株式を預けた側は兄に対し、信託法164条1項によって信託を終了させる、と通知します。この条文は、委託者と受益者は、いつでもその合意により信託を終了することができる、と定めたものです。この事案では委託者と受益者が同じ人なので、本来ならこの人の意思だけで信託を終わらせられるはずでした。

ところが兄はこれを拒みました。同条3項が「信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる」としているので、契約の解除禁止条項こそがその別段の定めに当たり、164条1項は適用されない——という理屈です。兄はその後も受託者としての任務を続けました。

そこで株式を預けた側は、信託法58条4項に基づいて、裁判所に兄の受託者解任を申し立てました。これが本件です。

何が争われたのか

争点は、契約に置かれた解除禁止条項が、信託法164条3項のいう「別段の定め」として効力を持つのか、という点でした。

原審の東京高裁は、この条項は別段の定めに当たる、と判断しました。したがって信託は終了しておらず、兄が終了を認めずに任務を続けたとしても、解任事由である「重要な事由」があるとはいえない。そう述べて申立てを退けたのです。

つまり原審は、契約にそう書いてある以上その通りだ、という立場でした。当事者が合意した以上は当事者の自由、という考え方です。

最高裁はどう判断したか

最高裁第三小法廷は、原審の判断は是認できないとして、決定を破棄し、審理を東京高裁に差し戻しました。

出発点に置かれたのは、信託という制度の成り立ちです。信託は「信託財産の所有と利益享受の分離を図り」、受託者が名義上の持ち主でありながら利益は受け取らない、という点に特色がある。だから信託法は、専ら受託者の利益を図ることを目的とする信託を許さず(2条1項)、受託者は受益者である場合を除いて信託の利益を受け取れない(8条)と定めている。この受託者の利益享受の禁止は、当事者の意思によって自由に外すことはできない——最高裁はそう述べます。

その上で、164条1項の適用を排除する条項は、本来なら自由に行使できるはずの終了権限を委託者兼受益者から奪い、その意思に反してでも受託者に任務を続けさせる結果を招きうる。だから、そうした条項を置くこと自体が、抽象的・類型的には委託者兼受益者と受託者の利益相反を招く危険のある行為だ、と位置づけました。

そこで最高裁が手がかりにしたのが、受託者の利益相反行為を禁じる31条です。同条2項4号は、禁止が解除される場合の一つとして、その行為が信託の目的の達成のために合理的に必要と認められることなどを挙げています。最高裁は、この規定こそが信託の本質に抵触しないための実質的な基準を定めたものだと読み、同じ考え方を解除禁止条項にも及ぼしました。

結論として示されたのは、次の二段構えです。

第一に、解除禁止条項が別段の定めとして効力を持つためには、その条項が「信託の目的の達成のために合理的に必要」と認められることを要する。

第二に、仮にその条項が有効だったとしても、受託者がそれを理由に終了の申入れを拒んで任務を続けることが当然に許されるわけではない。申入れの時点で、拒んで任務を続けることが信託の目的の達成のために合理的に必要と認められなければならない。

原審はこの検討をせずに、条項が有効で任務の遂行も許されるとして申立てを退けた。そこに裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある、というのが破棄の理由でした。裁判官全員一致の意見です。

なお、裁判長の渡辺惠理子裁判官が補足意見を書いています。補足意見は、本件の信託契約が掲げる目的は抽象的かつ不明瞭であり、受託者の行動を決める指針としては足りないと指摘し、契約締結に至る経緯や契約全体の内容を踏まえ、当事者が実質的に何を達成しようとしたのかに照らして信託の目的を理解すべきだ、としています。

この決定の意味

信託法164条3項の「別段の定め」については、契約に書けばその通りに効力が生じると読む余地がありました。原審の東京高裁の判断も、その読み方に沿ったものだったといえます。今回の決定は、そこに条文の文言だけでは見えない限界があることを示したものです。

ポイントは、契約書の文言そのものではなく、その条項が信託の目的との関係で合理的に必要かどうかが問われる、という構造です。長期間にわたって財産を預けた側の解除権を封じる条項は、それだけで、預かった側が利益を享受し続ける状態を作り出しかねない。だから、その必要性を説明できなければ効力を認めない——そういう見方が示されたことになります。

もう一つ見落とせないのが二段目です。条項が有効だとしても、受託者がそれを盾に任務を続けられるかは、その時々の状況で改めて判断される。事情が変わって当初の必要性が失われていれば、条項があっても拒絶を貫けない可能性がある、という枠組みです。

その後・実務への影響

この決定で決着がついたわけではありません。解除禁止条項が別段の定めとして効力を持つのか、兄が任務を続けていることが信託の目的の達成のために合理的に必要と認められるのか——これらは東京高裁での審理に委ねられました。受託者の解任が認められるかどうかも、まだ決まっていません。

とはいえ、示された枠組みは信託契約を作る場面に広く関わります。この事案は会社の株式をめぐるものですが、高齢の親が子に財産の管理を託す、いわゆる家族信託と呼ばれる形の契約も、同じ信託法のもとにあります。

今回の決定を踏まえると、そのような条項を置く場合には、なぜそれが信託の目的の達成に必要なのかを説明できる状態にしておくことの重要性が増した、と考えられます。補足意見が信託の目的の書き方の抽象性を問題にしていることからも、目的を個別具体的に定めておくことの意味は小さくないでしょう。実際にどう扱われるかは、差戻審以降の判断の積み重ねを待つことになります。

本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。

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