MENU

従業員の労災認定、会社は取り消しを求めて裁判できるのか

事件番号令和5年(行ヒ)第108号
裁判所最高裁判所第一小法廷
判決日2024-07-04
通称あんしん財団事件
出典裁判所ウェブサイトの判決文

3行でわかる判決

  • 従業員の病気が労災と認められ保険給付が決まったことに対し、勤務先の法人が「保険料が上がるおそれがある」として、その支給決定の取り消しを求めて裁判を起こしました。
  • 最高裁は、会社(事業主)には労災の支給決定そのものの取り消しを求める資格(原告適格)はないと判断しました。
  • 一方で、会社は自分に対する労働保険料の決定を争う手続の中で、支給要件を満たさない給付が保険料の計算に入っていると主張できる、という道筋も示しました。
目次

何があったのか

ある法人で働いていた従業員が、業務が原因で病気になったとして、労働基準監督署長から労災保険の療養補償給付と休業補償給付の支給決定を受けました。

これに対し、勤務先の法人が、国を相手に、この支給決定の取り消しを求めて提訴しました。報道や解説では、この法人の名前から「あんしん財団事件」と呼ばれています。

法人が問題にしたのは、労災保険の「メリット制」と呼ばれる仕組みです。

メリット制とは

労災保険の保険料は、事業主が負担します。保険料率は業種ごとに国が定めていますが、一定の条件を満たす事業では、連続する3保険年度の間にその事業で支給された労災保険給付の額などをもとに、保険料率が引き上げられたり引き下げられたりします。

判決によれば、給付の額などから算出する割合(メリット収支率)が100分の85を超えると保険料率が引き上げられ、100分の75以下だと引き下げられることがあります。労災が多い事業ほど保険料が上がり、少ない事業ほど下がる、という考え方です。

つまり、従業員に労災保険の給付が出ると、その分だけ将来の会社の保険料が上がる可能性があります。法人は、これを理由に、自分たちも支給決定によって保険料が増額されるおそれがある立場なので、取り消しを求める資格があると主張しました。

何が争われたのか

行政の決定(処分)の取り消しを求める裁判は、誰でも起こせるわけではありません。行政事件訴訟法は、取り消しを求めることについて「法律上の利益」を持つ人に限って訴えを認めています。これを「原告適格」といいます。

争点は、メリット制の対象となる事業の事業主が、従業員に対する労災の支給決定について、この原告適格を持つかどうかでした。

裁判の経過は次のとおりです。

  • 第1審は、法人に原告適格はないとして訴えを却下しました(中身を審理せずに門前払い)。
  • 原審の東京高等裁判所は、支給決定があるとメリット制を通じて保険料が増えるおそれがあるとして、法人の原告適格を認め、第1審に審理をやり直させる判断をしました。
  • 国側と、補助参加していた従業員側が、最高裁に上告受理を申し立てました。

裁判所はどう判断したか

最高裁第一小法廷は、裁判官全員一致で原審の判断を破棄し、法人の控訴を棄却しました。これにより、訴えを却下した第1審の結論が維持されました。

最高裁の理由は、大きく3つに分けられます。

1. 労災の支給決定は、被災した労働者のための仕組み

労災保険法が、給付を出すかどうかを被災労働者への行政処分で決めることにしているのは、労働者を迅速かつ公正に保護するため、給付をめぐる法律関係を早く確定させる趣旨だと最高裁は述べました。会社の保険料の基礎まで、この時点で確定させようとするものではない、という理解です。もし支給決定で保険料の基礎まで確定するなら事業主にも争う機会を与える必要が出てきますが、それでは早期確定という労災保険法の趣旨が損なわれる、とも指摘しています。

2. 支給要件を満たさない給付は、保険料の計算に入らない

メリット制は、事業主間の公平を図り、事業主の災害防止の努力を促すための制度です。最高裁は、客観的に支給要件を満たさない給付まで保険料の基礎にすることはこの趣旨に反するとし、そうした給付の額は、事業主の保険料の額を決める際の基礎にはならないと判断しました。そのうえで、保険料の額は、事業主の申告や保険料の認定の時点で決めれば足りると述べています。

労働保険料の額は、申告又は保険料認定処分の時に決定することができれば足り

3. だから事業主に原告適格はない

支給決定があっても、それが当然に保険料の額に影響するわけではない以上、事業主は支給決定によって権利や法律上の利益を侵害される立場にはない、と最高裁は判断しました。結論として、次のように述べています。

特定事業の事業主は、上記労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有しないというべきである

そのうえで最高裁は、事業主が不服を言う方法が全くないわけではないことも示しました。事業主は、自分に対する保険料の認定処分について不服申立てや取消訴訟をする中で、客観的に支給要件を満たさない給付が計算の基礎にされて保険料が増えたことを、その処分の違法として主張できるとしています。そのため、「上記事業主の手続保障に欠けるところはない」と結論づけました。

この判決の意味

この判決で、メリット制の対象となる事業の事業主は、従業員に対する労災の支給決定そのものの取り消しを求めて裁判を起こすことはできない、という考え方が最高裁によって示されました。判決は、労災給付をめぐる法律関係を早く確定させ、被災労働者を迅速に保護するという労災保険法の趣旨を重視しています。

一方、会社側にとっても、争う道が閉ざされたわけではありません。「その労災は業務が原因ではない」と考える会社は、支給決定ではなく、自社の保険料の決定を争う手続の中で、その点を主張できることになります。この場合に争われるのはあくまで会社の保険料であり、労働者に出た給付の決定が取り消されるわけではない、という整理です。

なお、この判決は判決当時の労災保険法と労働保険の保険料の徴収等に関する法律に基づく判断です。

その後・実務への影響

最高裁が事業主の不服申立ての扱いについて判断を示したのは、この判決が初めてだと報じられています。

判決に先立つ2022年12月には、厚生労働省の検討会が、労災の支給決定について事業主に不服申立ての資格を認めるべきではない一方、事業主が保険料の認定決定を争う中で支給要件を満たさないことを主張するのは認めるのが適当だとする報告書をまとめていました。最高裁の判断は、この報告書と同じ方向の整理になっています。

本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次