| 事件番号 | 令和5年(受)第2207号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第三小法廷 |
| 判決日 | 2025-09-09 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 明渡しを命ずる判決が確定したのに、相手方の申立てで強制執行が止められ、その根拠は結局認められなかった。止められた側が、遅れた分の損害を賠償してもらえるかが争われた。
- 最高裁は、申立てをした者に故意または過失があれば賠償義務を負い、しかもその過失は推定してよい、という考え方を示した。
- 責任が生じる場面をごく狭く限っていた原審の判断は退けられ、審理は高裁に差し戻された。
何があったのか
ある人が、不動産を占有していた相手に明渡しを求めて訴訟を起こし、令和3年2月に明渡しを命ずる判決が確定した。
ところが占有していた側は、弁護士を代理人として、翌3月に京都地方裁判所へ請求異議の訴えを起こす。これは、確定した判決に基づく強制執行を許さないでほしい、と求める訴えである。あわせて4月に、民事執行法36条1項に基づいて強制執行を止めるよう申し立てた。地裁は担保を立てさせたうえで、強制執行の停止を命ずる決定をした。
異議の理由として持ち出されたのは、その不動産について留置権があること、そして強制執行が権利の濫用にあたること、の2点だった。
しかし同年10月、京都地裁はこの請求を棄却する。どちらの事情も、先の明渡訴訟で審理が終わる前にすでに存在していたものであり、いまさら異議の理由にはならない、という判断である。
こうして強制執行の停止は取り消された。明渡しを求めていた側は、そもそもこの執行停止の申立て自体が不法行為だったと主張し、執行が遅れたことで生じた損害の賠償を、申立てをした側と代理人の弁護士に求めた。
何が争われたのか
強制執行を止める申立てが、後になって空振りだったとわかったとき、申立てをした側はどこまで責任を負うのか。
原審の大阪高等裁判所は、責任が生じる場面をかなり狭く見た。裁判所に訴えを起こすこと自体が違法とされるのは「著しく相当性を欠く」場合に限られる、というのが従来からの考え方である。高裁は、執行停止の申立ては請求異議の訴えに付随してされるものだから、同じ物差しでよいとした。そして、請求が棄却されて停止の裁判が取り消されても、そのこと一つで申立てをした者の過失が推定されることはない、として賠償請求を退けた。
裁判所はどう判断したか
最高裁は、この原審の判断は是認できないとした。
出発点は、止められる側の利益である。強制執行の根拠となる文書(債務名義)によって公に証明された請求権を実現する債権者の利益は、法的に保護されるべきものだ、と最高裁は述べる。執行停止の申立てがされれば、その利益が損なわれるおそれがある。
そのうえで最高裁が重く見たのは、執行停止の申立てが訴えとは別物だという点だった。請求異議の訴えを起こしたからといって自動的に執行が止まるわけではなく、止めるかどうかは債務者が自分で選んで別に申し立てる。だとすれば、根拠を欠く申立てで不利益を受けることを債権者が我慢しなければならない理由はない。そこから最高裁は、申立てをする者は次の義務を負うとした。
異議の事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査、検討する注意義務
結論として示されたのが、次の枠組みである。請求異議の訴えが棄却されて確定し、停止の裁判が取り消された場合に、主張した異議の事由が事実上または法律上の根拠を欠くことについて故意または過失があるときは——
当該申立てをした者は、債権者が強制執行の停止によって被った損害を賠償する義務を負う
「著しく相当性を欠く」ときに限られるわけではない、と最高裁ははっきり述べた。
さらに一歩進んで、立証の負担にも触れている。執行停止を命ずる裁判は簡略な手続でされるものであり、止められた債権者の不利益の回復に配慮するのが公平にかなうとして、こう述べた。
上記申立てをした者には上記注意義務を尽くさなかった過失があると推定するのが相当
ただし歯止めも置かれている。債務名義の種類や異議の事由の内容などに照らして、その申立てをするについて相当な事由があったと認められるときは、停止の裁判が取り消されたという一事だけで当然に過失があったとはいえない、とされた。
最高裁は、原判決のうち執行停止の申立てに関する損害賠償請求の部分を破棄し、注意義務違反があったかどうかをさらに審理させるため、大阪高等裁判所に差し戻した。賠償が認められたわけではなく、決着はついていない。
この判決の意味
変わったのは責任の重さというより、責任を問うときの物差しである。
これまで、この種の申立てで責任が認められるには「著しく相当性を欠く」という高い壁を越える必要があると考えられていた。最高裁はそこを、通常の故意・過失で足りるという地点まで引き下げた。さらに過失が推定されるとしたことで、争いになったときに説明を求められる側も入れ替わる。強制執行を止められた債権者が相手の落ち度を証明しにいくのではなく、申し立てた側が「相当な事由」があったと示す構図になる。
申立てをする側から見れば、異議の事由に本当に根拠があるのかを事前に調べて検討しておくことが、これまで以上に重い意味を持つ、という考え方が示されたことになる。逆に、確定判決を得たのに執行を止められて待たされた側にとっては、損害の回復を求める道筋が以前よりは見えやすくなったといえる。
もっとも、この判決は執行停止の申立てが常に危ういと述べたものではない。根拠を調べたうえで相当な事由があると認められる場面まで責任を負わせる趣旨ではないことは、判決自身が断っている。
その後・実務への影響
この判決は民集79巻6号2652頁に登載されている。差戻しを受けた大阪高等裁判所で、申立てをした側に注意義務違反があったかどうかが、あらためて審理されることになる。
なお、上告のうちその余の部分については、上告受理の決定で理由が排除されていたため棄却された。この判決が扱ったのは、あくまで執行停止の申立てに関する損害賠償請求の部分である。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。