| 事件番号 | 令和7年(受)第356号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第二小法廷 |
| 判決日 | 2026-04-24 |
| 通称 | TRIPP TRAPP事件 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 世界で1400万台売れている子ども用椅子のデザインが、著作権法で保護される著作物にあたるかが争われました
- 最高裁は、大量生産される実用品でも例外的に著作物になりうるとしたうえで、この椅子は著作物にあたらないと判断しました
- 日用品のデザインをどこまで著作権で守れるのかについて、最高裁が初めて基準を示した判決です
何があったのか
争われたのは、TRIPP TRAPP という名前で売られている子ども用の椅子です。判決によれば、世界での累計販売台数は1400万台に上ります。
この椅子については、オプスヴィック社が著作権を持ち、ストッケ社が同社から許諾を得て、独占的利用権に基づいて製造販売してきました。ところが、別の会社が似た形の子ども用椅子を製造販売していました。
そこで両社は、この椅子は著作物であり、相手方の製品の製造販売は自分たちの複製権や独占的利用権を侵害しているとして、損害賠償などを求めて訴えを起こしました。一審も、控訴審である知的財産高等裁判所(2024年9月25日判決)も、両社の主張を認めませんでした。両社が上告し、最高裁が判断することになったのが今回の事件です。
何が争われたのか
ポイントは、大量に作られて日常生活で使われることが前提の品物のデザインが、著作権法上の著作物にあたるかどうかです。判決はこうした品物を「量産実用品」と呼んでいます。椅子、食器、家電、文房具など、身の回りのほとんどの工業製品がここに含まれます。
著作権法は著作物を、思想または感情を創作的に表現したもので、文芸・学術・美術・音楽の範囲に属するもの、と定義しています。上告した両社の主張は、量産実用品であっても、その形が創作的な表現であれば、それだけで美術の範囲に属する著作物にあたるはずだ、というものでした。実際、この椅子については、約66度の略L字型をなす2本の脚の間に、座面板と足置板が床と平行に固定されているという特徴があり、そこに創作性があると両社は主張しました。
なぜここが問題になるのか。日本には、工業製品のデザインを守る法律として意匠法が別にあるからです。判決は両者の違いをこう整理しています。意匠権は、出願して審査を経て登録されて初めて発生し、存続期間は原則として出願日から25年です。これに対して著作権は、登録などの手続きなしに発生し、業として行われる行為以外にも効力が及び、存続期間は原則として創作の時から著作者の死後70年まで続きます。しかも著作者には、著作権とは別に著作者人格権もあります。
つまり、工業製品の形に著作権を広く認めてしまうと、費用をかけて意匠登録をしなくても、より長く広い保護が受けられることになりかねません。最高裁は、それでは「意匠法の存在意義を損なうおそれがある」と述べました。権利関係が複雑になって製品が使いにくくなったり、意匠権の期間が終わったあとも自由にデザインを使えなくなったりする心配もある、というのが最高裁の見方です。
裁判所はどう判断したか
最高裁は、上告を棄却しました。両社の敗訴が確定したことになります。ただし、その理由づけの中で、量産実用品と著作権の関係について新しい基準を示しています。
まず最高裁は、量産実用品の形が創作的な表現でありさえすれば直ちに著作物になる、という解釈は採らないとしました。上で見た意匠法との関係が理由です。
そのうえで、例外があることも認めました。判決が例に挙げるのは、単なる模様や表面加工の域を超える装飾が付け加えられている場合や、全体として彫刻のようにも見てとれる場合です。こうしたものは、実用品に美術の著作物が付け加えられたのと変わらないから、著作権法で保護してよい、という考え方です。
そこから導かれた基準がこれです。
機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができる
言い換えれば、その形が実用目的の機能だけで説明しきれてしまうなら著作物ではなく、機能の説明とは切り離して絵や彫刻のように受け取れる部分があるなら著作物になりうる、ということです。
では、この椅子はどうか。最高裁は、両社が挙げた約66度の脚や座面板・足置板の配置は、子ども用椅子としての機能から来る形が美しく見えることを裏づける事情にすぎない、としました。そして、この椅子の形は「子供用の椅子としての機能に由来する構成としてしかこれを把握することができず」、機能とは別に創作的な表現として受け取れるものではない、と結論づけています。
なお、この判決には尾島明裁判官の補足意見が付いています。原審が使っていた「美的鑑賞」という言い方をあえて採らなかった理由として、その言葉からは高度な創作性や芸術性が必要であるかのような誤解が生じかねないこと、そもそも芸術として鑑賞に値するかを裁判所が判断するのは適当でないことが挙げられています。
この判決の意味
この判決は、量産実用品のデザインに著作権を認める扉を閉じたわけではありません。閉じてはいないが、通れる幅は狭い、という位置づけです。
分かれ目は「美しいかどうか」でも「有名かどうか」でもありません。その形が機能から説明しきれてしまうかどうかです。世界で1400万台売れた著名なデザインであっても、形の説明が「子ども用椅子として使うため」で足りてしまえば、著作物とは認められませんでした。
裏を返せば、製品に機能とは無関係の装飾を施している場合や、彫刻としても見てとれる造形を持つ場合には、著作権による保護を主張する余地が残されていることになります。ただし今回の判断の枠組みでは、その主張が通るのは例外的な場面と位置づけられています。
工業製品のデザインを守る手段としては、まず意匠法があります。最高裁の整理は、量産される実用品のデザイン保護は基本的に意匠法が担い、著作権法はそこから外れる例外的な場合を拾う、という役割分担を示したものと読めます。
その後・実務への影響
今回、最高裁が判断したのは著作物にあたるかどうかの点だけです。その他の上告受理申立ての理由は、上告受理の決定の段階で排除されています。
この椅子をめぐっては、2015年4月14日にも、別の事件で知的財産高等裁判所が判決を出しており、そこでは椅子の著作物性が肯定されていました(ただし相手方製品との類似性は否定され、控訴は棄却されています)。下級審の判断が分かれてきた分野について、最高裁が初めて基準を示したのが今回の判決だといえます。
もっとも、示された基準は抽象度の高いものです。補足意見も、具体的にどう当てはめるかは今後さまざまな事例の積み重ねに期待することになる、と述べています。どの製品がこの基準を満たすのかは、これから出てくる裁判例を見ていくことになります。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。