| 事件番号 | 令和4年(受)第1293号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第一小法廷 |
| 判決日 | 2023-07-20 |
| 通称 | 名古屋自動車学校事件 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 定年後に再雇用された自動車教習所の教習指導員が、正職員との基本給・賞与の差は不合理だとして差額の賠償を求めた
- 最高裁は、基本給や賞与の差も不合理とされる場合はあり得るとしつつ、高裁の判断の仕方には誤りがあるとして審理を差し戻した
- 金額の開きだけで結論を出すのではなく、その賃金がどんな性質を持ち、何のために支給されているかを検討するよう求めた判決
何があったのか
舞台は自動車教習所です。訴えたのは、教習指導員として長く勤めてきた2人でした。1人は昭和51年(1976年)頃から、もう1人は昭和55年(1980年)から正職員として働き、いずれも主任の役職にあった平成25年(2013年)と平成26年(2014年)に、退職金を受け取って60歳で定年退職しています。
この教習所は継続雇用制度を設けており、定年を迎えた正職員のうち希望する人とは期間1年の有期労働契約を結び、これを更新して原則65歳まで再雇用していました。2人もこの制度で嘱託職員となり、引き続き教習指導員の仕事を続けます。
大きく変わったのは賃金でした。
1人目の基本給は、定年退職時に月額18万1640円だったものが、再雇用後の1年間は月額8万1738円、その後は月額7万4677円になりました。2人目は月額16万7250円から、再雇用後の1年間は月額8万1700円、その後は月額7万2700円です。
賞与にあたるものも下がっています。定年前の3年間、2人は1回あたり平均で約23万3000円、約22万5000円の賞与を受け取っていました。再雇用後は、正職員の賞与と同じ時期に嘱託職員一時金が支給されましたが、その額は平成27年(2015年)の年末以降、1回あたり7万円台から10万円台でした。
一方、正職員のうち勤続1年以上5年未満の人たちの基本給は、平均で月額約11万2000円から約12万5000円の間で推移していました。再雇用後の2人の基本給は、勤続年数の短い正職員の水準も下回っていたことになります。
何が争われたのか
2人は、正職員との間の基本給・賞与などの差は労働契約法20条に違反するとして、差額の損害賠償などを求めました。この条文は、有期契約で働く人の労働条件が、期間の定めがあることによって、無期契約で働く人と比べて不合理なものになることを禁じていたものです。
原審の名古屋高等裁判所は、2人の請求を一部認めました。定年の前後で、主任の役職を外れたことを除けば、仕事の内容も責任の程度も配置変更の範囲も変わっていない。それなのに賃金は定年時を大きく下回り、勤続年数の短い正職員よりも低い。こうした点を重く見て、基本給については定年退職時の60%を下回る部分を、一時金についてもこれに対応する一定の部分を、不合理な相違にあたると判断しました。
最高裁で問われたのは、この判断の進め方が労働契約法20条の解釈として正しいかどうかです。
裁判所はどう判断したか
最高裁第一小法廷は、「原審の上記判断は是認することができない」として、高裁判決のうち基本給と賞与に関する会社敗訴部分を破棄し、審理を名古屋高裁に差し戻しました。裁判官全員一致の判断です。
ただし、基本給や賞与の差が不合理になることはない、と述べたわけではありません。最高裁は、基本給や賞与についての相違であっても、不合理と認められる場合はあり得るとしています。そのうえで、判断にあたっては、その会社における基本給や賞与の性質と、それを支給することにした目的を踏まえて、諸事情を考慮すべきだとしました。2020年10月13日の第三小法廷判決を参照した枠組みです。
この枠組みに照らすと、高裁の検討には足りないところが2つあったというのが最高裁の指摘です。
1つ目は、基本給の性質と目的の検討です。高裁は、正職員の基本給には勤続年数に応じて増える年功的な性格があると捉えていました。しかし最高裁は、勤続年数による差が大きいとまではいえないことから、職務の内容に応じた職務給の性質もあるとみる余地があるとし、功績給が含まれていることなどから、職務遂行能力に応じた職能給の性質があるとみる余地もあるとしました。どのような目的で支給されているのかも、認定された事実からは確定できないと述べています。
嘱託職員の基本給についても同じです。嘱託職員は役職に就くことが想定されておらず、基本給は正職員とは別の基準で決まり、勤続年数に応じて増えることもありませんでした。最高裁は、嘱託職員の基本給は「正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するものとみるべきである」としたうえで、高裁はその性質や目的を何も検討していないと指摘しました。
2つ目は、労使交渉の扱いです。原告の1人は、嘱託職員としての労働条件の見直しを求める書面を会社に送り、所属する労働組合の分会長としても、賃金の相違について回答を求めていました。最高裁は、労使交渉に関する事情を考慮するときは、合意の有無や内容といった結果だけでなく、「その具体的な経緯をも勘案すべきものと解される」と述べ、会社がどう回答し、組合側がどう反応したのかを高裁が見ていない点を問題にしました。
賞与と嘱託職員一時金の差についても、同じ2点の検討が欠けているとされています。
なお、基本給・賞与以外の部分についての会社の上告は、上告受理申立ての理由を記載した書面が提出されなかったため、却下されました。
この判決の意味
この判決は、再雇用後の基本給の引き下げを適法とも違法とも結論づけていません。定年時の60%という高裁の線引きについても、その数字が高いか低いかを論じたのではなく、そこに至る検討の筋道が足りないとしたものです。
読み取れるのは、判断の順序です。金額がどれだけ下がったか、生活が成り立つかという観点だけで不合理かどうかを決めるのではなく、まず、その会社の基本給や賞与が何に対して支払われているのかを確かめる。勤続年数なのか、担当する職務なのか、能力なのか。それが正職員と嘱託職員とで同じなのか違うのか。その検討を経て初めて、差が不合理かどうかを評価できる、という考え方が示されました。
労使の話し合いについても、合意に至ったかどうかだけでなく、やり取りの中身が考慮の対象になることが明確にされています。
その後・実務への影響
この判決は、判決当時の事案に適用される労働契約法20条(平成30年の改正前のもの)についての判断です。同条は2020年4月1日に削除され、有期雇用で働く人の不合理な待遇差を禁じるルールは、パートタイム・有期雇用労働法8条に引き継がれています(中小企業への適用は2021年4月1日から)。同法8条は、基本給や賞与を対象として明記し、待遇の性質と目的に照らして不合理かどうかを判断する形の条文になっています。
差戻し後の審理については、名古屋高等裁判所が2026年2月26日に、再雇用後の賃金減額の一部を不合理と認め、教習所側に賠償を命じる判決を言い渡したと報じられています。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。