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婚姻費用の合意を「無効」と裁判で確認できるか

事件番号令和6年(受)第239号
裁判所最高裁判所第一小法廷
判決日2025-09-04
出典裁判所ウェブサイトの判決文

3行でわかる判決

  • 別居中の夫婦が交わした婚姻費用(生活費)の合意について、一方が、相手の年収を誤解していたから無効だとして、民事訴訟でその無効の確認を求めました
  • 最高裁は、こうした訴えは確認の利益を欠き不適法だと判断し、訴えを却下した第一審判決を維持しました
  • 婚姻費用の争いは家庭裁判所の審判手続で決めればよく、その前に地方裁判所で合意の効力だけを確定させる必要はない、という整理です
目次

何があったのか

別居した夫婦が、平成29年1月に、一方がもう一方へ婚姻費用として月額16万円を支払うという合意をしました。支払う側は、この合意どおり令和4年8月まで毎月同額を払い続けています。

婚姻費用とは、夫婦が生活していくのに必要な費用のことです。民法760条は、夫婦はその資産や収入その他一切の事情を考慮して婚姻から生ずる費用を分担する、と定めています。金額は当事者の合意で決めることもできますし、まとまらなければ家庭裁判所の審判で決めることもできます。この事件はまさに、その両方が登場します。

ところが令和2年11月、受け取る側が東京家庭裁判所立川支部に婚姻費用分担の審判を申し立てました。令和4年9月、家庭裁判所は次のように判断しています。月額16万円という合意は、支払う側の当時の年収を実際より低い額だと考えて結ばれたものだった。これは分担額を変更すべき事情にあたるので、申立てがあった令和2年11月以降の分担額を改める――そのうえで、変更後の額と既に支払われた額との差額と、令和4年9月以降は月額29万円を支払うよう命じました。

ここで受け取る側にとって残ったのが、合意をした平成29年1月から審判を申し立てた令和2年11月までの期間です。この間の生活費は、月16万円の合意のまま据え置かれていました。受け取る側はこの期間についてももっと多い額を求める審判を申し立てるつもりでしたが、それには合意そのものが無効でなければならないと考え、まず民事訴訟で、相手の年収について錯誤があったから合意は無効である、と確認するよう求めたのです。

何が争われたのか

争点は、この訴えを裁判所が受け付けるべきかどうか、という入口の問題でした。専門的には「確認の利益」と呼ばれます。

確認の訴えは、判決で法律関係をはっきりさせることが紛争の解決に役立つ場合に限って認められます。とくに今回のような、既に過ぎた時期の合意という過去の法律関係については、それを確定することが現在の紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切で必要だといえる場合に許される、というのが最高裁が以前から示してきた枠組みです(判決は昭和47年11月9日と平成7年3月7日の判例を挙げています)。

第一審はこの訴えを不適法として却下しました。しかし控訴審の東京高等裁判所は、これを取り消して第一審に差し戻しています。高裁の理屈はこうです。有効な合意がある以上、家庭裁判所は事情の変更がなければ合意と違う金額を命じられないし、事情の変更が認められても、合意の時点から変更が生じた時点までの分については合意どおりの金額しか動かせない。だとすれば、合意と違う内容を求めるには、先に民事訴訟で合意の無効を確定させておくことが最も適切で必要だ――というものでした。

裁判所はどう判断したか

最高裁は、この高裁の判断を認められないとしました。

出発点は、婚姻費用という費用の性質です。婚姻費用の分担義務は夫婦の生活の経済的な安定に関わる一方で、その時々の収入や生活状況によって変わりうるものだ、と判決は述べます。そこから導かれたのが次の一節です。

婚姻費用の分担の内容は、婚姻費用合意によって、以後、固定されるものではなく

つまり、いったん合意しても、それで金額が永久に固定されるわけではなく、必要に応じて新たに決め直すことができる、という捉え方です。

そうであれば、家庭裁判所は審判の手続の中で、合意があったのかどうか・有効なのか・どんな内容なのかを判断できるだけでなく、夫婦の収入や生活状況といった一切の事情も踏まえて、分担額やいつから支払うのかを検討し、婚姻費用の分担内容を新たに形成する審判ができる。別の民事訴訟で合意の効力が確定していないからといって、家庭裁判所が合意と違う内容を決めることを妨げられるわけではない、と最高裁は述べました。

さらに、実際上の弊害も指摘しています。金額そのものを決める権限のない民事訴訟で、合意が有効かどうかだけを先に確認することを認めれば、家庭裁判所はその結論が出るのを待つことになります。

婚姻費用の分担の内容の形成が遅滞することになりかねない

効力をめぐる訴訟の決着を待っている間、本来なら適時に審判で決められるはずの生活費が宙に浮いてしまう。判決は、夫婦の生活の経済的な安定のためには適時に審判がされるべきだという点を重く見ています。

結論として最高裁は、次のように判断しました。

夫婦間における婚姻費用合意の無効確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものとして不適法である

原判決は破棄され、控訴が棄却された結果、訴えを却下した第一審判決が維持されています。裁判官全員一致の意見でした。

この判決の意味

読み違えやすいのは、最高裁が「合意は有効だ」と言ったわけではない、という点です。判断されたのは、合意の効力を民事訴訟という別の土俵で先に確定させる必要はない、という手続の問題にとどまります。合意に錯誤があったかどうかは、家庭裁判所の審判手続の中で主張し、判断してもらえばよい、という整理です。

もうひとつ、判決は括弧書きで実務上重要なことに触れています。当事者が、合意が有効に成立したとしてもそれと違う分担額を決めてほしいと主張している場合、家庭裁判所は、審理の結果として合意による金額を改めるべき事情がないという結論に達したとしても、申立てを不適法として却下することなく、同額の分担額を新たに形成する審判ができる、というものです。門前払いにはならない、ということが示されています。

別居中の生活費でもめている当事者から見れば、争う場所は家庭裁判所に一本化される、という受け止め方になります。過去に取り決めた金額が実情に合わないと感じる側も、合意を無効にする裁判を先に起こすのではなく、家庭裁判所の手続の中でその点を含めて主張していくことになる、という考え方が示されました。

その後・実務への影響

この判決は民集第79巻6号2637頁に登載されています。最高裁の判例集に載る判決は、以後の同種の事件を扱う裁判所にとって重い先例になります。同じような訴えを民事訴訟として起こしても、入口で却下される可能性があります。

なお、この判決が扱っているのは婚姻費用の分担についての合意です。離婚後の養育費や財産分与など、別の制度についてまで同じ結論になると述べているわけではありません。実際にどう対応するかは、個別の事情によって変わってきます。

本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。

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