| 事件番号 | 令和6年(行ヒ)第214号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第三小法廷 |
| 判決日 | 2025-09-02 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 消防署の分隊長が訓練の場で部下にした暴力的な言動を理由に科された、停職6月の懲戒処分の重さが争われました
- 一審・二審はこの処分を重すぎるとして取り消しましたが、最高裁は原判決を破棄し、処分は適法だと判断しました
- 個々の行為をばらして軽重を測るのではなく、行為者の立場や継続性、組織への影響まで含めて評価する道筋が示されています
何があったのか
福岡県糸島市の消防職員だった男性は、平成14年4月に採用され、平成23年4月から平成24年3月までの間、消防隊の分隊長として訓練を取り仕切る立場にありました。
この期間、男性は平成23年4月に採用されたばかりの部下に対して、次のような行為をしています。
夜間のトレーニングとして、複数回にわたり、部下の身体を鉄棒に掛けたロープで縛った状態で懸垂をさせました。部下が力尽きて鉄棒から手を放しても、そのロープを保持して数分間宙づりにし、さらに懸垂をするよう指示しています。雑巾掛け競争をさせ、負けたペナルティとして腕立て伏せなどをさせたこともありました。
はしご車の誘導訓練が終わったときには、訓練で使った敷板を部下が粗雑に扱ったとして、消防署を辞めて帰れといった言葉を浴びせ、肩を叩き、ヘルメットの上から頭部を叩き、胸倉をつかんで揺さぶり、突き飛ばして消防署の敷地の外に押し出しました。そのうえで敷板に謝罪するよう命じ、部下に複数回「敷板さん、ごめんなさい。」と述べさせています。別の機会には、指差し呼称が不十分だとして、ヘルメットの上から部下の頭部を複数回叩きました。
男性はそれまでに懲戒処分を受けたことはありませんでしたが、平成23年11月に、部下に対する暴言を理由として文書による訓告を受けていました。
事態が動いたのは、それから数年後です。平成28年6月頃、消防本部が実施した職場環境のアンケートで、職場にパワー・ハラスメントがまん延しているといった回答が出されました。同年7月頃には、消防本部でのパワハラにより職員の退職や病気休暇が相次いでいるとして実態調査を求める、消防職員有志一同名義の文書が市長に提出されます。市は消防職員への事情聴取などを実施し、平成29年3月3日、消防長は男性に対し、これらの行為を理由に停職6月の懲戒処分をしました。
市の条例は停職の期間を1日以上6月以下と定めています。停職6月は、条例で選べるいちばん長い期間でした。
何が争われたのか
争われたのは、行為があったかどうかではありません。停職6月という処分の重さが、法的に許される範囲に収まっているかどうかです。
公務員の懲戒処分について、懲戒処分をするかどうか、するとしてどの処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に委ねられています。裁判所がこれを違法と評価できるのは、その判断が
社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した
と認められる場合に限られる、というのが昭和52年の最高裁判決以来示されてきた枠組みです。判決もこの枠組みを出発点にしています。
一審と、二審の福岡高等裁判所(令和6年1月24日判決)は、いずれも処分を取り消しました。高裁が挙げた理由は、宙づりなどの行為について男性が主導的な役割を果たしたとはいえないこと、指導が度を超えてはいるものの暴力の内容や程度が著しいとはいえず、部下の軽率な言動が契機となった面もあること、部下が負傷していないこと、男性に懲戒処分歴がなく一応の反省の態度も示していることなどです。これらを考慮すると、停職を選んだうえで期間を最も重い6月とするのは重きに失する、という判断でした。
裁判所はどう判断したか
最高裁判所第三小法廷は令和7年9月2日、この判断を認められないとしました。原判決を破棄し、一審判決も取り消して、男性の請求を棄却しています。裁判所に差し戻すのではなく最高裁が自ら結論を出す「破棄自判」なので、処分が適法であることはこれで確定しました。裁判官全員一致の意見です。
最高裁がまず述べたのは、行為の性質です。これらは職場内における優位性を背景として、採用後間もない部下に対してされたもので、身体的な苦痛だけでなく強い恐怖感や屈辱感を与えるものだと評価しました。そのうえで、部下に傷害を負わせたかどうかにかかわりなく、
指示や指導としての範ちゅうを大きく逸脱した極めて不適切な言動
であるというほかない、としています。だとすれば、男性が主導したとはいえない行為が含まれているとしても、非違の程度は重い、という判断です。
次に、経過を重く見ました。部下への暴言を理由に文書による訓告を受けていたにもかかわらず、採用後間もない部下への行為を続けたことは非難を免れない、と述べています。
職務の特殊性についても踏み込みました。消防職員は火災などの現場で住民の生命や身体の安全を確保する活動を行うのだから、厳しい訓練が必要となる場合はある。しかし、指示や指導の範囲を大きく逸脱する今回のような行為が許容される余地はなく、行為に及んだ経緯に酌むべき事情があるとはいえない、という整理です。
最後に、組織への影響です。消防組織では職員間で緊密な意思疎通を図ることが職務の遂行上重要であるところ、今回の行為は分隊長として訓練を取り仕切る立場にあった者が訓練等の際にしたものであり、著しく職場環境を悪化させ、消防組織の秩序や規律に看過し難い悪影響を及ぼすものだと指摘しました。
これらを踏まえ、懲戒処分歴がないといった事情があるとしても、停職6月という量定は、懲戒の種類についても停職期間の長さについても社会観念上著しく妥当を欠くとはいえない、と結論づけています。
この判決の意味
高裁と最高裁で見ている角度が違うことが、この事件のいちばんの読みどころです。
高裁は、行為をひとつずつ取り出して、主導したか、負傷したか、きっかけは何か、といった要素で軽重を測りました。最高裁はそこに、行為者がどんな立場でそれをしたのか、注意を受けた後も続けたのか、組織の秩序にどう響いたのか、という視点を重ねています。負傷していないこと、主導していないことは、それだけで処分を軽くする方向に決定的に働くわけではない、という受け止めができます。
もうひとつ目を引くのは、厳しい訓練が必要な職場だという事情の扱われ方です。最高裁は、その必要性自体は認めたうえで、それでも許容される余地はないと切り分けました。職務の性質が指導の逸脱を正当化する理由にはならない、という考え方が示されています。
ただし、これは示された事情のもとでの事例判断です。停職6月がつねに適法になるという意味ではありませんし、事情が変われば結論も変わりえます。
その後・実務への影響
報道や法律事務所の解説によれば、同じ日に、最高裁第三小法廷は同じ消防本部の別の職員に対する懲戒免職処分についても、原審の判断を破棄して処分を適法とする判決を言い渡しています。同じ組織のハラスメントをめぐる2件が、いずれも処分を維持する方向で決着したかたちです。
なお、この判決が扱っているのは地方公務員法29条1項に基づく懲戒処分の裁量です。民間企業の懲戒処分については、この判決が直接の判断を示しているわけではありません。また、行為が行われたのは平成23年から平成24年にかけてで、処分がされたのは平成29年です。行為から処分までに時間が空いていること自体は、最高裁が処分を違法とする事由としては挙げていません。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。