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部下へのパワハラで懲戒免職は重すぎるか、最高裁が示した見方

事件番号令和6年(行ヒ)第241号
裁判所最高裁判所第三小法廷
判決日2025-09-02
出典裁判所ウェブサイトの判決文

3行でわかる判決

  • 部下への言動を理由に懲戒免職となった消防職員が、処分の取消しを求めて市を訴えた
  • 一審・二審は免職では重すぎるとして処分を取り消したが、最高裁はその判断を破棄し、免職を適法とした
  • 個々の行為をばらばらに切り分けて軽重を測るのではなく、行為の全体が職場に与えた影響まで評価すべきだという考え方が示された
目次

何があったのか

舞台は福岡県糸島市の消防本部である。

この職員は平成5年4月に消防職員として採用され、平成14年4月に消防士長、平成22年4月に消防司令補へと昇任し、同月から消防隊の小隊長を務めていた。処分を受けた当時は消防本部の係長である。それまでに懲戒処分を受けたことは一度もなかった。

問題とされたのは、平成15年頃から平成28年11月までの間に部下に対して行った一連の言動だった。裁判所が認定した事実によれば、その対象となった部下は少なくとも10人に上る。

内容は二つに大別される。ひとつは訓練やトレーニングの指示・指導として行われたもので、採用後1年にも満たない部下の身体を鉄棒に掛けたロープで縛って懸垂をさせ、その部下が力尽きて手を放した後もロープを保持して数分間宙づりにし、さらに懸垂をするよう指示する、といったものである。熱中症の症状を呈するまで訓練を繰り返させた例では、部下が一時意識を失って失禁し、病院に運ばれている。体力の限界で倒れ込んだことに対するペナルティと称して、さらに過酷なトレーニングをさせたこともあった。

もうひとつは発言である。恐怖感や屈辱感を与えるもの、人格を否定するもののほか、部下の家族までも侮辱する内容が含まれていた。裁判所は、これらの言動が部下に対する嫌悪や苛立ち、悪感情を主な動機として、感情の赴くままにされた部分が大きいと認定している。

職場側も無風ではなかった。平成28年6月頃に実施された職場環境改善のアンケートでは、職場にパワー・ハラスメントがまん延している、数年間で若手職員が3名退職したのは職場環境が原因だ、といった回答が寄せられた。同年7月頃には消防職員有志一同名義の文書が市長に提出され、いじめやしごき等を原因に数年間で6人の若手職員が退職し、3人がうつ病等のため休職していることなどが記されていた。市長の指示で職員への事情聴取が行われ、平成29年3月3日、消防長はこの職員を懲戒免職とした。

何が争われたのか

争点は「パワハラがあったかどうか」ではない。行為があったことは前提として、その処分として免職を選んだことが重すぎないかが争われた。

地方公務員法29条1項は、職員が法令や勤務先の定める規程に違反した場合、職務上の義務に違反し又は職務を怠った場合などに、戒告・減給・停職・免職という4段階の懲戒処分ができると定めている。免職はこのうち最も重く、公務員としての地位を失わせるものである。どの処分を選ぶかは懲戒権者(この事件では消防長)の判断に委ねられるが、その判断が野放しというわけでもない。

裁判所は古くから、懲戒処分の選択は懲戒権者の裁量に属するが、その判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合には違法になる、という枠組みを採ってきた。今回の判決も、昭和52年と平成24年の最高裁判決を引きながら、この枠組みを確認している。

一審・二審は、この枠組みのもとで免職は行きすぎだと判断した。二審の理由づけはこうである。訓練やトレーニングとして通常行われる範囲を逸脱してはいるが、逸脱の程度が特段大きいとまではいい難い。発言にも、言い過ぎや口の悪さが現れたにすぎない部分がある。被害を受けた職員に重大な負傷は生じていない。過去に懲戒処分歴はなく、訓練や指導について個別に注意を受けた事情も見当たらず、本人は一定の反省の態度を示している。これらを考慮すれば、最も重い免職の選択は重きに失する——。

そこで市側が上告し、最高裁の判断を求めた。

裁判所はどう判断したか

最高裁第三小法廷は令和7年9月2日、二審の判断は是認できないとして、市が敗訴した部分を破棄した。裁判官全員一致の結論である。

まず指導とされた行為について、最高裁は、職場内における優位性を背景に採用後間もない部下へ行われたものであり、部下に傷害を負わせたかどうかにかかわりなく「訓練やトレーニングに係る指示や指導としての範ちゅうを大きく逸脱するものというほかない」と述べた。逸脱の程度が特段大きいとまではいい難い、とした二審の評価を、正面から否定した形である。

消防という職務の特殊性についても踏み込んでいる。火災等の現場で住民の生命や身体の安全を守る職務の性質上、厳しい訓練が必要となる場合があるとしても、指示や指導としての範ちゅうを大きく逸脱する指導が許容される余地はない、という。厳しい訓練が必要だという事情は、この種の行為を正当化する理由にはならないと切り分けたわけである。

そのうえで最高裁が重く見たのが、行為の広がりだった。消防職員を指導すべき立場にある者が、少なくとも10人もの部下に対し、十数年もの長期間、多数回にわたって執拗に繰り返した——この点をとらえ、甚だしく職場環境を害し、消防組織の秩序や規律を著しく乱すものだと評価した。消防組織では職員間の緊密な意思疎通が職務の遂行上重要であることにも鑑みれば、その悪影響は看過できない。若手職員の退職が相次いでいるとする文書が市長に提出され、一審判決後には66人もの消防職員が職場復帰に反対する書面を提出していたことは、その悪影響の現れだとも述べている。

結論として、懲戒処分歴がないことや、免職が公務員の地位の喪失という重大な結果を生じさせることを踏まえてもなお、免職を選んだ消防長の判断は「社会観念上著しく妥当を欠くものであるとはいえず」、裁量権の逸脱・濫用には当たらないとした。

最高裁は事件を差し戻さず、自ら結論を出している。一審判決のうち市が敗訴した部分を取り消し、元職員の請求(処分の取消しと国家賠償請求)をいずれも棄却した。この時点で決着している。

この判決の意味

判決には林道晴裁判官の補足意見が付されており、二審の判断のどこがずれていたのかを言葉にしている。二審は、要するに個々の行為を単体で評価すると免職は重きに失すると判断したものだが、「本件各行為が全体としてどのような悪影響をもたらすものであるかをも十分に評価すべきであった」のにそれを怠った、というのである。

ここが今回の判決の勘所だと考えられる。ハラスメントを理由とする処分の重さを検討するとき、行為をひとつずつ取り出して、この発言だけで免職は重い、この訓練だけなら決定的とはいえない、と積み上げていく見方がある。一審・二審はその方向に寄っていた。最高裁は、それでは評価すべきものを取り落とすとした。誰に対して、どれだけの期間、何度繰り返されたのか。その結果として職場がどうなったのか。そこまで含めて非違行為の影響を評価する必要がある、という判断が示されたことになる。

被害者に重大な負傷がなかったことも、二審が免職を重すぎるとした理由のひとつだった。最高裁は、指導としての範ちゅうを大きく逸脱するかどうかは傷害を負わせたか否かにかかわらない、と述べてこれを退けている。結果として大事に至らなかったことが、行為の評価を軽くするとは限らないという見方である。

なお、この判決は地方公務員に対する懲戒処分の事案であり、根拠となっているのは地方公務員法である。民間企業の懲戒処分は労働契約法などの別の規律に服するため、そのまま同じ結論になるとは限らない。もっとも、行為の悪質性だけでなく期間・回数・被害者の広がりや職場全体への影響を総合して処分の重さを見るという発想自体は、民間の場面でも参照される可能性がある。

その後・実務への影響

この判決は民集79巻6号2453頁に登載されており、最高裁が先例として重視した判断であることがうかがえる。報道によれば、同じ日に最高裁第三小法廷は、同じ消防本部の別の職員が受けた停職6か月の処分についても判断を示している。

補足意見は、消防職員の職務の性質上、部隊での上下関係を基にした厳しい訓練が必要となる場合がある一方、その上下関係が職場内での優位性を背景とした不適切な言動の危険を孕んでいる点にも触れ、各消防本部で対策を確実に実施していくことが望まれると述べている。同小法廷が過去にも消防職員に対する処分の事案を扱ってきたことを踏まえた指摘である。

職場のハラスメントを理由とする処分をめぐる紛争では、どうしても「その一言は言い過ぎだったか」という個別の評価に議論が集まりやすい。今回の判決は、そこで止まらずに、繰り返された言動の全体が組織に何をもたらしたかを見るという視点を、最高裁のレベルで明確にしたものといえる。

本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。

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