| 事件番号 | 令和5年(受)第961号 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第二小法廷 |
| 判決日 | 2025-03-07 |
| 通称 | 静岡県警事件 |
| 出典 | 裁判所ウェブサイトの判決文 |
3行でわかる判決
- 交番長を務めていた警察官が自殺したのは、過重な業務によるものか。県に賠償責任があるかが争われた
- 最高裁は、業務と自殺の因果関係も、上司の予見可能性も認め、県の責任を認めた高裁判決を維持した
- 民間企業の使用者について確立していたルールが、都道府県と警察官の関係にもそのまま及ぶことが示された
何があったのか
静岡県警察の警部補が、2012年3月10日に自ら命を絶ちました。31歳でした。
この警部補は2003年4月に静岡県警察に採用され、2010年3月に下田警察署の地域課に配属されたあと、同署中央交番の交番長として働いていました。交番の勤務は3つの班に分かれた交替制で、当直・非番・週休(または日勤)を繰り返します。当直は午前9時から翌日午前9時まで、拘束時間が24時間に及ぶ勤務です。
亡くなる直前、この警部補には仕事が重なっていました。
管内では2011年4月頃から住居侵入窃盗が連続して発生しており、専従の捜査班が編成されたあとも、警部補は正規の勤務時間外に自主的な見回りを続けていました。加えて2012年2月5日には職場実習指導員に指名されます。警察学校を出たばかりの実習生は単独で職務を行えないため、指導員が同行して指導する必要がありました。さらに、異動の見込みがあったため週休日にも交番へ出て引継書を作成し、そのうえオランダでの海外研修に静岡県警察から唯一の参加者として選ばれ、英語でのプレゼンテーションの準備にも取り組んでいました。
自殺前6か月の時間外勤務は、直前の月から順に117時間45分、56時間8分、69時間30分、98時間30分、96時間30分、25時間。直前の1か月では、2月11日から24日までの14日間と、1日の週休日を挟んで2月26日から3月10日までの14日間、二度にわたって連続勤務をしていました。それぞれの中に24時間拘束の当直が5回ずつ含まれ、当直明けの非番の日にも平均して6時間6分働いていました。
自殺の3か月ほど前、県警が導入していたストレス診断を受けた結果は、総合評価が最低のE(かなり悪い)。警部補は上司である地域課長にその旨を伝えましたが、これによって何らかの対応が取られることはありませんでした。
何が争われたのか
遺族である妻子が、静岡県警察を置く静岡県に対し、自殺は県の安全配慮義務違反によるものだとして損害賠償を求めました。二審の広島高裁は県の責任を認め、これに対して県が上告受理を申し立てました。
県側の主張は二つです。ひとつは、業務と自殺との間に相当因果関係があるとはいえないこと。もうひとつは、上司たちが、この警部補が業務によって心身の健康を損ない自殺に至ることを具体的・客観的に予見できたとはいえないことです。県は、こうした点で原審の判断は法令の解釈適用を誤り、過去の最高裁判例にも反すると主張しました。
裁判所はどう判断したか
最高裁は上告を棄却し、県の責任を認めた高裁の判断を維持しました。
出発点として最高裁が確認したのは、使用者は労働者に従事させる業務を定めて管理するにあたり、「疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務」を負う、というルールです。これは2000年3月24日の最高裁判決が示していたものですが、今回の判決は、都道府県とその都道府県が置く警察の警察官との間でも同じように考えるべきだとして、県は警察官に対してもこの義務を内容とする安全配慮義務を負うとしました。
そのうえで業務の中身を見ていきます。交番長としての仕事に、職場実習指導員の業務、連続窃盗事件の見回り、そして交番長の職務とは内容の異なる研修準備が加わり、時間外勤務は前月の約56時間から倍以上の117時間超へと増えていた。1日しか休みを挟まない14日間の連続勤務を二度行い、その中に24時間拘束の当直が5回ずつ含まれ、当直明けの非番日にも相当の時間働いていた。こうした量と態様から、最高裁は、警部補が「精神疾患の発症をもたらし得る過重な業務に従事していた」と認めました。ほかに発症に寄与したとみられる事情はうかがわれないとして、業務が精神疾患の発症と自殺を招いた関係を是認できる高度の蓋然性がある、と判断しています。
予見可能性についても、最高裁は認めました。上司たちは、警部補が連続窃盗事件の起きている交番の交番長を務めながら実習指導員に指名され、研修参加者にも選ばれたことを当然に把握できる立場にあり、勤務日誌を閲覧し、地域課長は時間外勤務実績報告書の提出も受けていた。長時間の業務が続けば心身の健康を損なう危険があり、精神疾患を発症すれば自殺念慮が現れうることは当時すでに広く知られており、ストレス診断が最低評価だったことも地域課長は知っていた。したがって上司たちは過重な業務の実態も、健康を損なう事態に至る可能性も認識することができたはずだ、というのが最高裁の判断です。それにもかかわらず上司たちは「負担を軽減するための具体的な措置を講じていない」と指摘しました。
この判決の意味
ひとつは、警察官という職務の特殊性が、安全配慮義務を緩める理由にはされなかったことです。24時間の当直を含む交替制勤務も、事件対応の必要性も、義務の内容を軽くする方向には働きませんでした。県が「判例に反する」と持ち出した2000年の最高裁判決について、今回の判決はむしろその判例の考え方に沿ったものだと述べています。
もうひとつは、予見可能性の組み立て方です。最高裁が問われるべきだとしたのは、上司が自殺の具体的な兆候をつかんでいたかどうかではありませんでした。客観的にみて過重な業務に従事していることを認識でき、そのうえで、長時間の業務が続けば心身の健康を損ない、精神疾患を発症して自殺に至る可能性があることも、当時すでに広く知られていた知見から認識できたはずだ、という道筋です。そして、その認識ができたと判断する根拠になったのは、勤務日誌や時間外勤務実績報告書、ストレス診断の結果という、組織が現に持っていた記録です。記録が上がってきていた以上、把握できなかったとは言えない、という判断の道筋がとられています。同じような事情がある事案では、この道筋が参照される可能性があります。
その後・実務への影響
この判決には三浦守裁判官の補足意見が付いています。公務災害や労災の認定基準に示された知見は、賠償責任の有無を判断する際にもしん酌しうる。ただし、これらの補償制度は過失を問わない危険責任の制度であって損害賠償とは趣旨が異なり、基準も法令ではないから、形式的に当てはめるべきものではなく、あくまで経験則上のひとつの知見として考慮すべきだ、という内容です。補足意見は、認定基準にある1か月あたりおおむね100時間以上という時間外勤務の目安についても、それに準ずる業務負荷の場合が併記されていることを挙げ、時間数だけでなく諸事情を考慮して負荷の程度を評価する趣旨を含むものと述べています。
なお報道によれば、この警部補の遺族による訴訟は二つあり、妻子が起こしたものと父母が起こしたものについて二審の広島高裁の判断が分かれていました。最高裁は同じ日に、その両方について遺族側の主張を認める判断を示したと伝えられています。本記事が扱ったのは、このうち妻子が起こした訴訟です。
本記事は判決文をもとにした解説であり、法律相談に代わるものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。